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小惑星 Apophis の探査計画

 2029年に小惑星 Apophis が地球から 3万km 余り (静止軌道より近い) の点を通過する。現時点では、地球最接近時の位置は、800km 程度(3σ 誤差楕円の長軸) の不確定性がある。Apophis の軌道と特性(大きさ、形状、反射率、自転速度など) が十分に分かっていないためである。2029年の最接近時に通過する場所によっては、その 7年後の 2036年に地球に衝突する可能性がある。その確率は、現時点では 4.5万分の1 程度らしい。なお、小惑星の特性が必要な理由は、小惑星の長期間の軌道予測には Yarkovsky 効果を定量的に把握する必要があり、そのためには小惑星の特性が必須なためである。

 米国の Planetary Society は、2029年の最接近時の通過位置の不確定性を 14km 以下まで減少させて、2036年の地球衝突の可能性をより明確にする宇宙探査ミッションの公募 (Apophis Mission Design Competition) を 2007年3月1日に発した。締切は 2007年8月31日。2008年2月26日に、選考結果の発表があった。

 Planetary Society の要求は、2029年の最接近位置の不確定性を、2017年1月1日までに 14km 以下の誤差で知る事である。その意図は、もし地球衝突の可能性が大きい結果が得られた時、Apophis の軌道を僅かに変え、2029年の地球最接近時の位置をずらす事により、2036年の地球衝突を避けようというもの。宇宙船の設計・製造や、Apophis の軌道変更のための時間として、12年を確保している。

 探査機ミッションが必要なのは、地上望遠鏡からの観測だけでは、2017年までに Apophis の軌道と特性を現在以上の精度で知る事は難しいからである。Apophis は 250m程度の小惑星であり、地上望遠鏡でその形状などを精度良く知る事ができない事は容易に推察できよう。小惑星の軌道決定も、地上望遠鏡による観測だけでは、限界がある。ハワイにある「すばる望遠鏡」の平均的な角分解能は、0.6秒角程度である。これは、2.9μrad に相当。一方、惑星探査機の軌道決定に使用される doppler 観測では、探査機の地心緯度がゼロ付近にならなければ、1μrad 以下が期待できる。ΔDOR 観測を行なえば、2.5nrad も可能。角分解能は、すばる望遠鏡もそこそこの値であるが、観測機会が限定される問題が大きい。Apophis の軌道は、1周の 2/3 位で地球軌道の内側にある。地上望遠鏡は、夜側に対象が存在する時でなければ観測できない。よって、Apophis の地上望遠鏡による観測機会は大きく制限される。次に観測可能になるのは、2013年である。解析によると、2013年の地上からの観測によって、2029年の地球最接近時の誤差は 60km まで小さくなる。しかし、その次の観測機会の 2021年までは誤差は減らない。このような事情から、2017年までに、Apophis を精度良く軌道決定しようとすると、探査機を飛ばす必要が生じてくる。

 2013年に地球から Apophis を観測可能になるのは、下の図を見ると良く分かる。
小惑星 Apophis の探査計画_c0011875_18545367.gif
この図は、JPL のこのサイトで作ったもの。図のスケールや見る角度も自由に変えられる。

 今回の選考で選ばれた中で 1位と 2位の提案を読んでみた。

(1位) FORESIGHT by SpaceWorks / SpaceDev (PDFファイル)
 Primary window のベストの打上げ日は 2012年5月9日、Minotaur Ⅳ ロケット (約22億円) で高度 185km の円軌道に投入された後、PTV (Propulsive Transfer Vehicle) によって Apophis への遷移軌道に入れられ、Apophis に到着後は ES (Encounter Spacecraft) の軌道制御により Apophis 周回軌道に入る。PTV と ES の開発に約95億円、運用に約21億円、合計で約138億円の計画。Apophis 周回軌道に約30日間留まり、Apophis の観測を行なう。その後、周回軌道を離脱し、Apophis の後ろ 2km の距離を保持して 300日間飛行する。この間に、地上局からの range 計測により探査機の軌道を高精度に決める事で、Apophis の軌道を高精度に決める。2029年の地球最接近時の位置の誤差を 6km まで小さくする。

 この計画は、地球脱出能力を持たない安いロケットで PTV と ES の結合体 (約1600kg) を高度185km の円軌道に入れ、それ以降の軌道変換を PTV と ES (約220kg) から成る 2段式の宇宙機で行なう事で、低コストを実現している。打上げウィンドウによっては、PTV の増速能力だけでは地球脱出できない場合もあるが、ES の推進系を引き続いて使用する事で Apophis への遷移軌道に投入する。

[私の感想]
 この計画では、Apophis の軌道決定に、range データのみ使用している。300日もの観測期間を必要としたのは、range データしか使わなかったためと思われる。惑星探査機の軌道決定においては、range データより doppler データの方が有効である。doppler データも使用すれば、もっと短期間に同程度の精度を達成できたであろう。(2位) の計画では 1ヶ月以内で達成している。「ΔDOR のデータを使っても方向誤差が 2.5nrad あり、1AU 先では km に近い誤差となる。range 誤差は 2m 程度と小さいので、range データのみを使用する。」と書いてあった。この選択には疑問があり、彼らは惑星探査機の軌道決定法の基本を理解していないのではと思った。それ以外は、既存のコンポーネントを用いた低コストの面白い計画と思った。

(2位)A-TRACK by DEIMOS Space S.L., EADS Astrium, University of Stuttgart, Universita di Pisa (PDFファイル)
 こちらは、ヨーロッパのチームの計画である。ノミナル打上げ機会は 2013年4月。デルタⅡ7926 で GTO に投入して貰う。そこから探査機の二液式エンジンで Apophis に向かう。GTO の近地点での burn を 3~5回行なって地球を脱出する。探査機の Wet 質量は1520kg、ドライ質量は 540kg。探査機の軌道決定には、range と doppler を使用する。2029年の地球最接近時の位置誤差を 14km まで追い込むのに、2週間で良い。総コストは、390億円。

この計画でも、Apophis 周回軌道からの Apophis 観測の後、地上局からの電波による計測 (range と doppler を使用) で探査機の軌道を高精度に決定するが、FORESIGHT と異なるのは、探査機は安定な Apophis 周回軌道を飛行する事。安定条件として、以下の条件を満足するものを見つけている。
  ・Apophis に衝突しない事
  ・Apophis から離脱しない事
  ・離心率は 0.2 を超えない事
  ・軌道面は 45度以上変化しない事
  ・以上の制約を 6ヶ月以上破らない事
その結果、高度が約 1km の軌道が選ばれている。この Apophis 周回軌道は、私が以前にこのブログで述べた solar plane-of-sky の凍結軌道である。
 A-TRACK は doppler も使う事で、2週間で要求精度の軌道決定ができる結果となっている。
by utashima | 2008-03-08 21:37 | 宇宙開発トピックス | Trackback | Comments(0)


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