1.はじめに
最近は、複数の宇宙機を編隊飛行させて 1つのミッションを遂行する計画が色々と検討されている。例えば、重力波検出ミッションである LISA や DECIGO(PDFファイル) 、系外惑星の直接検出を狙う TPF-I (Terrestrial Planet Finder Interferometer)など。 LISA は ESA と NASA の共同計画であるが、NASA 側は 2006年の初めに無期限延期としている。ESA 側は実証機である LISA-pathfinder を 2009年頃に打ち上げる予定で検討を進めている。DECIGO は日本の国立天文台を中心としたグループが検討している重力波検出ミッションである。TPF-I は、複数(4機程度)の望遠鏡で受けた邪魔になる恒星からの赤外光を光路長の調節により干渉させて何桁も弱め、近くの惑星の光を検出する NASA の計画であるが、やはり 2006年に無期限延期とされている。 LISA は地球ドリフト軌道(地球の公転軌道の後方数十度の所を飛行)での formation flight を考えており、TPF-I は太陽-地球系 L2点での formation flight を考えている。 LISA は、Cartwheel 型軌道又はレコード盤軌道などと呼ばれている軌道を使って正三角形の formation flight を行なう (図1を参照)。但し、初期に正確な正三角形に設定した後は、3 機の宇宙機は輻射圧をキャンセルする drag-free 軌道制御を行なうだけであり、formation を正確に維持する制御は行なわないのがベースラインとなっている。宇宙機間の距離は 500万km である。宇宙機間の距離がある程度変化しても重力波の検出が可能な光トランスポンダ方式を採用している。LISA の軌道では、数万km の相対距離の変動がある。 (文献 1) “LISA –Laser Interferometer Space Antenna (A Cornerstone Mission for the observation of gravitational waves)–,” ESA-SCI (2000) 11, July 2000. 一方、DECIGO は宇宙機間の距離は 1000km と短く ( LISA と比較しての話)、宇宙機間の距離を常時微小推力を使って正確に維持する事を検討している。 本記事では、地球ドリフト軌道において、比較的簡単に宇宙機間の距離を正確に維持できると考えられる formation flight について記す。formation の維持のために常時微小推力を発生させるとする。なお、LISA のような正三角形の formation を地球ドリフト軌道において、少ない燃料で正確に維持する事が出来れば望ましいが、世界的に見ても目処は立っていないと思われる。 2.検討した軌道 図2 に、検討した軌道を示す。宇宙機 A は地球の 30度後ろ(前でも良いが)を飛行し、宇宙機 B は距離 d だけ地球に近い点を飛行する。宇宙機 B は地球に近いため A よりも大きな潮汐力を受けるので、図2 のように常に微小推力を発生させる。宇宙機 C は A の真北(距離 d)を常に飛行する。黄道面に近づかないように常に微小推力を面外方向に発生させる。宇宙機 D は A より距離 d だけ太陽側を常に飛行する。これも半径方向の外向きに常に微小推力が必要である。 2.1 相対位置の保持に要する推力の大きさ 宇宙機 A は推力なしで飛行する時に、宇宙機 B, C, D が A との距離 d を維持するために必要となる推力の大きさを検討する。推力を使用しない宇宙機 A は、地球から20度離した場合 5年間で約11度移動し、30度離した場合 5年間で約4.7度移動する。本ブログのこの記事を参照。30度離せば、5年間程度は宇宙機 A を放置しておいて問題ないと考えられる。よって、その宇宙機 A を基準として、宇宙機 B, C, D を距離 d に保持する事を考える。d として1000km 程度を想定する。 宇宙機 B に必要な微小推力 宇宙機 A と B の距離が 1000km の時、これらを太陽から見た中心角は約0.00038度であり、地球-太陽-宇宙機 A の中心角30度に比べて約 1E-5 倍の小さい量である。従って、宇宙機 B を A に対して相対静止させるための推力は、以下の様に求められる。宇宙機の質量は全て MSC とする。図3 に宇宙機 A, B と地球の位置関係を示した。図4 に、宇宙機 A, B の部分を拡大した。 宇宙機 A が受ける地球重力加速度の大きさ αE は、 必要な推力の大きさは、d に比例する。d=1000km、MSC=1000kg、θ=30度の場合、F=1.66E-9N = 1.66 nN となる。 宇宙機 C に必要な微小推力 宇宙機 C が太陽重力から受ける加速度 αSUN の黄道面垂直成分 α を、微小推力を使ってキャンセルしてやれば、この位置関係を保持できる。 宇宙機質量を MSC とすると、宇宙機 C が発生すべき推力は、次式となる。 d=1000km、MSC=1000kg の場合、F=39.6 μN となる。 宇宙機 D に必要な微小推力 宇宙機 D の釣り合い条件は次式となる。図6を参照。 宇宙機の推力加速度 α は、次式のように近似できる。 d=1000km、宇宙機質量=1000kg とすると、必要な推力は、約119 μN となる。 現在、凡その所、推力1mN~1000mN はイオン・エンジン、1μN~1000μN は FEEP (Field Emission Electric Propulsion) の守備範囲と考えられるので、宇宙機 B を除けば、FEEP が使えそうである。常に噴射しながら何らかの観測を行なう事になるため、スラスタは推力を極めて正確に微調整できるものである必要があろう。ESA が開発している FEEP は最大推力の 1/1000 程度の微調整が可能とされている。勿論、太陽輻射圧をキャンセルするための drag-free 制御は別途必要となる。 2.2 3つの宇宙機軌道(B, C, D)の比較 宇宙機 B, C, D の中では、D が最も劣ると考えられる。その理由は、 (1)保持に必要な推力が最も大きい事 (2)スラスタに不具合が発生した場合に復旧が最も困難と考えられる事 (宇宙機 A からどんどん離れる) (3)宇宙機 A は太陽を背景に宇宙機 D を見る事になる
by utashima
| 2007-01-06 21:10
| 宇宙機の軌道設計/ 解析
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Comments(8)
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廣田
at 2007-01-07 13:44
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ちょっと待って。
これ、無推力で保持される相対軌道じゃないの? 円に近い軌道での相対運動は、軌道面内では進行方向に伸びた 2×1 の楕円運動 (周期は軌道周期)、軌道面垂直方向では単振動 (周期は同じ) だから、組み合わせれば軌道面から傾いた楕円運動になり、傾きを調整すれば円運動になる。 というのが太陽引力だけの場合で、輻射圧や地球引力で乱されるのを戻すだけに推力が必要になるんでしょう。 (この編隊軌道は以前に話した事あったはずだけど)
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utashima at 2007-01-07 17:33
コメント頂いた軌道は、図1 の LISA のミッション軌道と思いますが、太陽重力だけを考えても、相対距離の2乗に比例するオーダーの相対距離変動がある様です。輻射圧はdrag-free制御でキャンセルするので無視して良いですが、惑星重力の影響も考慮すると、記事に書いたように数万km(500万kmの基線長の場合)の変動がある様です。
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utashima at 2007-01-07 17:45
(補足)太陽重力だけの場合でも、基線長が500万kmの時は、1万km以上の変動がある様です。
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廣田
at 2007-01-09 13:04
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太陽重力だけでも変動するということは、軌道が円でないからでしょう。
なら、円軌道にすれば消えるんじゃないですか? それから、図2 の配置も 3 衛星だけレコード盤軌道で回転させれば推力が減らせるんでは?
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utashima at 2007-01-10 01:00
宇宙機間の距離が有限の大きさでは、厳密な円には出来ないのだと思います。解析した文献を読みましたが、太陽引力だけを考えても、離心率の高次の項による変動が残るようです。
図2の配置の目的は、基線長を正確に(少なくとも誤差cm以下)維持する事です。レコード盤軌道では、概略一定の基線長ですが、それを高精度に一定に保つ制御則が判りません。文献では、まだ見た事がありません。オフラインで最適化するのと違って、リアルタイムで制御する必要があります。図2の配置では、1次元の調節なので容易でしょう。
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廣田
at 2007-01-11 15:43
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制御は、正確なレコード盤円回転運動の加速度から太陽引力などの加速度を引いた加速度を加えるだけで良いのでは?
ずれたときの修正は、元になる放置レコード盤軌道パラメーターの保持だけをすれば良いでしょう。(正確なレコード盤円回転にするための加速度は固定)
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utashima at 2007-01-11 19:20
事前に、正確な太陽系モデルを使って、3辺が完全に一定となるような殆ど最小の制御を求めておく事はできると思います。問題は、3機の宇宙機(或いは基準となる1機を除いた2機の宇宙機)が、時々刻々のノミナル位置・速度から、どれだけずれているかを、正確に知る方法がないと言う事だと思います。航法誤差の問題です。
TPF-I のような光干渉計ミッションでも、相対位置誤差は cm レベルが要求されており、光トランスポンダー方式を使わない重力波検出ミッション(DECIGO)では、nm レベルの誤差が要求される様です。nm レベルの話は別にしても、cm レベルの相対位置を実現するには、それ以下の航法誤差で状態を知る必要があります。3つの基線の長さは、nm レベルで計測する事は可能性があるようですが、基線に垂直な方向のずれの計測手段としては、恒星センサー位しか無いと思います。その精度は、0.001度前後が限界です。0.001度の誤差があると、500万km 先では、87km もの誤差になります。 従って、3辺の長さのみを正確に観測して、リアルタイムにずれを修正する制御則が必要になります。私には、これは困難(無理?)な気がしています。
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utashima at 2007-01-11 19:21
[補足]0.001度の誤差では、1km の基線長までは横のずれを cm レベルの誤差で把握できます。TPF-I は最大でも 150m の基線長と考えており、この航法誤差も考慮した設定になっているような気がしています。
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