第3章 19世紀世界と天保の改革
1792年9月、ロシアの使節ラクスマンが、帆船エカテリーナ号で、漂流難民の大黒屋光太夫らを同行して根室に来航。伊勢国の光太夫は、江戸へ向かう途上、遠州灘で漂流しアリューシャン列島に着いた。ペテルスブルクでエカテリーナ2世に謁見し帰国の許可を得た。漂流から10年経っていた。ラクスマンは江戸行きを要請したが、翌年幕府は、長崎への入港許可証を渡して、帰航させた。 幕府は、1798年、大調査団を蝦夷地に派遣し、1802年に蝦夷地を永久直轄とした。 1804年、ロシア全権使節レザノフが、軍艦ナデジュダ号で長崎にやってきた。ラクスマンが10年前に得ていた入港許可証を持って。レザノフは日本から食料や日用品、資材を輸入しようとしていた。幕府は、レザノフを6ヶ月間隔離状態に置いた上、翌年に「鎖国の祖法」を口実に通商・外交を拒否した。強硬に拒否されたレザノフは、アレクサンドル1世に宛てて、サハリン島と南千島への軍事行動の許可を求める書簡を送った。そして皇帝の許可が出ないまま、サハリンと南千島の日本植民地の破壊を命じた。1806年、サハリン・南千島、礼文島・利尻島が海軍大尉フヴォストフ達に攻撃された。「フヴォストフ事件」である。なお、攻撃したフヴォストフは、ロシア軍によりオホーツク港で逮捕され、軍法会議で有罪となっている。ロシアは、ナポレオン戦争もあり、サハリン島、択捉島に、以後40年間現れなかった。19世紀初頭の日ロ関係は、危機から安定へ振れた。 1837年に第12代将軍となった家慶は、1839年に水野忠邦を老中首座に着ける。水野は前将軍家斉の側近勢力を追放し、天保の改革に着手する。改革の始めに、江戸の町方、在方に苛酷な倹約令が出された。農民の衣食住、冠婚葬祭、娯楽に至るまで悉く制限した。7代市川団十郎は江戸を追放され、現在の中央区にあった江戸三座は、辺鄙な浅草猿若町へ移転させられた。江戸に500軒以上あった寄席は、15軒に減らされた。寄席は庶民が気楽に楽しめる娯楽だった。 文化文政期から天保期にかけて、農村では寺子屋に通って教育を受けられたため、覚えた文字と計算能力によって、都市へ出て稼ぐ事も出来た。小林一茶は、15歳で信濃から無一文で一人江戸に出て、苦労しながら生きて、優れた俳諧の才能を開花させた。江戸町奉行の遠山景元(遠山の金さん)は、水野の苛酷な都市政策に抵抗し、寄席見物を弁護した。水野は、「浜松の悪魔外道」と罵られた。 上昇した物価を下げるため、株仲間解散令が出される。幕府は発令の前に、大坂町奉行に物価騰貴の調査を命じていた。大坂町奉行は、大坂への商品の集まりが悪いのが原因であり、問屋商人をもっと使うべきと、幕閣の考えとは反対の報告書を出した。幕府はこれを握り潰して株仲間解散令を発令した。その効果は無く、強権によって、小売値段、地代、日雇い給銀などを引き下げさせた。江戸は大変な不景気に陥った。 1839年11月、イギリス軍艦二隻と清国海軍29隻が、広州の珠江河口にある川鼻(せんび)で戦闘を交え、清国兵船の殆どが破壊された。アヘン戦争の緒戦である。中国はヨーロッパ諸国に貿易を許しており、中国は茶、生糸、磁器などを輸出し、中国へ多額の銀が流れていた。イギリスから中国への輸出は振るわず、イギリスは大幅な貿易赤字であった。そこで、イギリス東インド会社は、統治していたインドでアヘン栽培・精製を行ない、アヘンをイギリス商社に売り、中国に密輸させた。その結果、多額の銀が中国から流出した。中国人アヘン吸引者は200万人を超えた。 1839年、清の総督林則徐はイギリスからアヘン2万余箱を没収し海中に廃棄した。この後、武力衝突が起きた。川鼻の開戦後、イギリス国会は戦争を9票差で承認した。この時のグラドストンの以下の反対演説は有名である。「その原因が、かくも不正な戦争、かくも永続的に不名誉となる戦争を、私はかつて知らないし、読んだ事もない。」 イギリス軍は中国西南海岸諸都市を攻撃し、南京に迫った。清朝は屈服して南京条約を結んだ。中国は、香港を割譲し、多額の賠償金を支払った。アヘン戦争は、イギリスの不義の戦いであった。 日本がアヘン戦争情報を最初に入手したのは、1840年6月に長崎に入港したオランダ船から。情報は水野忠邦に衝撃を与えた。水戸藩第9代藩主の徳川斉昭(徳川慶喜の実父)は、ヨーロッパが東アジアで最初に侵略するのは日本であろうと考えていた。1825年の異国船打ち払い令は1842年7月に大転換し、薪水給与令が出された。この令は、水野忠邦を含む3名の専断で出されたらしい。他の2名が誰か分かっていない。 1843年、印旛沼掘割工事が着工された。印旛沼の工事は、寛文期、享保期、天明期の三度試みられたが、いずれも失敗に終わっている。今回の工事は、銚子から江戸への物資輸送水路の構築が目的であった。江戸への海上輸送が妨害されれば、江戸は10日も持たないと認識されていた。着工から3ヶ月で90%が完成したが、水野忠邦の失脚により、工事は中止となった。 長州藩、薩摩藩、肥前藩は、いずれも天保の改革で財政改革に取り組み、巨額借財を踏み倒し同然に整理し、財政を再建した。これらの雄藩では藩の人材登用により、明治維新に繋がる勢力が、天保期に登場している。
by utashima
| 2012-04-27 19:19
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