90年代になって小惑星探査への関心も大きくなって来た。1995年頃、ジェット推進研究所でNEAR探査機のミッション軌道の設計を担当されていた D.J.Scheeres 氏の論文 (Satellite Dynamics about Asteroids, AAS 94-112) を本人から送って頂いて読んだ。
Scheeres 氏の事は、オーストリアGrazで開催された1993年の IAF Congress に参加した時に、chairman をされていた Farquhar 氏(ハロー軌道の考案者、NEAR ミッションの mission manager)から紹介された。もう少し経緯を書くと、私の発表するセッションの chairman がFarquhar氏と川口淳一郎氏だった。川口氏が Farquhar 氏に私を紹介して下さり、私が Farquhar 氏に NEAR 探査機の軌道について質問した事がきっかけで、Scheeres 氏と知り合う事ができた。 この論文は、色々なサイズ・軌道の小惑星の周りの摂動を検討している。小惑星半径の100倍以内の軌道が対象である。この論文を読んで、小惑星近傍の摂動環境が、通常の惑星周りのそれと大きく違っている事を知った。小惑星周りの軌道においては、太陽輻射圧、歪な形状の影響の二つが重要である。太陽の潮汐力は、他の2つの摂動に比べて小さい。輻射圧の影響が大きいのは、小惑星の重力が非常に小さいためである。また、一般に小惑星は非常に歪な形状をしており、その影響も大きい。小惑星の周りには、輻射圧による摂動が支配的となる領域があり、そこでは凍結軌道という特殊な軌道が可能である事が示されている。凍結軌道というのは、輻射圧の摂動を受けても軌道要素が変化しない安定な軌道であり、宇宙機の探査軌道として、望ましい性質を持っている。凍結軌道には、図1に示す2つの種類がある。公転面内凍結軌道と solar plane-of-sky 凍結軌道である。solar plane-of-sky 凍結軌道は、軌道面の法線ベクトルが太陽方向又は反太陽方向に一致する軌道である。実は、静止軌道の離心率ベクトルが1年で1回転するのは、この公転面内凍結軌道と同じ理屈である。 Scheeres氏の論文に触発され、凍結軌道の可能な範囲(小惑星半径と宇宙機の軌道半径の平面上で)を図示してみた。図2が公転面内凍結軌道の場合であり、図3がsolar plane-of-sky凍結軌道の場合である。ハッチ領域辺りが凍結軌道になる所である。 公転面内凍結軌道は高度が350km~1000kmと高く、高分解能の観測には不向きである。 ①の輻射圧の平均化方程式の妥当な範囲は、この線以上に高度が高くなると、輻射圧の影響で宇宙機軌道全体が風下側に流されるような事になり、ここの解析で使用した近似が使えなくなる恐れがある事を考慮したもの。最後に接触軌道の数値シミュレーションの結果を示すが、①の線はもっと上で良さそうである。 3つの離心率(e)の値の曲線は、その点で凍結軌道が実現される時の離心率を示す。大きな離心率は、全球観測に適さないので、0.3までの離心率とした。 Ct/Cp=0.1は、太陽の潮汐力の影響が輻射圧の影響の1/10であるラインを示す。 Cp/Cs=10は、輻射圧の影響が、小惑星の扁平の影響の10倍であるラインを示す。 図3では、条件①と⑦に共通領域がないが、①のラインはもっと上で良い事が接触軌道要素の数値シミュレーションで判るので、solar plane-of-sky 凍結軌道は、半径が数km 程度より小さい小惑星に適用可能である。高度が低いため、1m 以下の分解能の観測が期待できる。 半径が10km 程度よりも大きい小惑星に対して、極軌道を検討した。極軌道は小惑星の扁平の影響を受けず、離心率をゼロに保持する事だけを考えれば良い。輻射圧が離心率を増大させるからである。しかし、離心率の保持に要する ΔV は、年間 1m/s 以下で良い事が判った。 以上の検討をまとめると、 (1)半径が数km以下の小惑星では、solar plane-of-sky 凍結軌道を第一に検討する。 (2)半径が10km以上の小惑星では、極軌道を検討する。 (3)半径が数km~10kmの小惑星では、自転運動が安定軸回りのシンプルなものであれば、極軌道が妥当であるが、そうでない場合は、別途、検討が必要だろう。 となる。ここまでの事を、以下の論文等にまとめた。 ●歌島, "小惑星周回軌道の研究," 宇宙開発事業団技術報告 NASDA-TMR-960002, 1996年3月. ●歌島, "光学観測のための小惑星周回略円軌道の検討," 日本航空宇宙学会誌 第45巻 第518号, 1997年3月号. ●M.Utashima, "Spacecraft Orbits Around Asteroids for Global Mapping," Journal of Spacecraft and Rocets, Vol.34, No.2, 1997. ------------------------------------------------------------------ 接触軌道の数値積分による検討 まだ公表していなかったが、上記の論文などを書いた後、①の輻射圧の平均化方程式の妥当な範囲を探るため、接触軌道の数値シミュレーションを行なった。上記の論文などで、今後の課題としていたものである。その検討結果を簡単に紹介する。 solar plane-of-sky 凍結軌道の場合に対して、輻射圧と扁平の影響を考慮した接触軌道の数値シミュレーションを行なった。シミュレーションの点は以下の図の(A)、(B)、(C)である。 solar plane-of-sky 凍結軌道の場合、輻射圧の影響が大き過ぎると、宇宙機軌道の軌道面全体が風下に流される形となり、平均化方程式での検討に疑問が付く。そこで、流される量(オフセットと呼ぶ)が小惑星最大半径の0.1 (付図5.2の中のk1) 以下という条件を設定して、ここまで解析してきた。 以下にシミュレーション時の位置関係と出力座標系を示す。 点(A)の軌道での100日間のシミュレーション結果を以下の付図5.3に示す。Y-X図とY-Z図を1つの図に重ねて描いた。点(A)は、輻射圧と偏平の影響が同じ場合である。凍結軌道になっていればY-X図はほぼX=0の直線状となり、Y-Z図は中心が上に多少ずれた円に近い形となる。偏平の影響により、凍結軌道からはかなりずれている事が分かる。 点(B)の軌道での1000日間のシミュレーション結果を下の付図5.5に示す。点(B)は、輻射圧の影響が偏平の影響の10倍の点である。また、オフセットが小惑星の最大半径の0.1倍に近い点でもある。凍結軌道が成立している。 点(C)の軌道での1000日間のシミュレーション結果を付図5.6に示す。点(C)は、オフセットが小惑星の最大半径と等しくなる(k1=1)点である。Y-X図から軌道の中心が原点から1km程度ずれているのが判る。この場合も、凍結軌道が実現されている。よって、オフセット制限は、 k 1= 1 まで緩くしても良い。 周回軌道に留まるk1の上限をシミュレーションにより調査した所、k1=5.3が得られた。その場合の1000日間のシミュレーション結果を付図5.7に示す。これ以上のk1では、探査機は小惑星から離脱する。
by utashima
| 2005-05-14 13:00
| 宇宙機の軌道設計/ 解析
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