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計算機の驚異的な発展を世界平和に繋げられないか

 最近の将棋の電王戦では、人間のプロは計算機に苦戦を強いられている。計算機の繰り出す思いもよらない手が、プロ達によって検討されていたりする。このような計算機ソフトは、人間同志の対局で得られた膨大な棋譜データに大きく依存している。

 囲碁や将棋の世界での計算機ソフトの活躍も面白いが、どのようにしたら、世界の国々が種々の対立を乗り越えて平和に暮らせる地球を構築できるかを、計算機の中でシミュレーションしながら探っていく事は出来ないものだろうか。今は出来なくても、10年、100年の時間経過での計算機の進歩は想像を絶するものがあり、この力を真に人類の平和のために生かせないか。

 核融合炉や高効率の人工光合成が実現すれば、人類はエネルギー問題から解放されるかも知れない。しかし、それらが実現したら、人類は更にその先で生存競争を始めそうな気がする。太陽系の侵略である。人類の今後の進化を、計算機の世界で研究できないだろうか。手始めに、1900年頃の世界を計算機内に構築し、その後の変化を、各国首脳の判断や国民感情などをパラメータとして変えて行ってシミュレーションする。計算機内で第一次世界大戦や第二次世界大戦を再現できるか、それらを回避できるパスは無かったのか、などの議論が出来れば面白い。更に、将来の全世界シミュレーションもできるだろうか。その中に、温暖化予測などもその一部として含まれる。
by utashima | 2014-07-11 12:08 | 囲碁 | Trackback | Comments(0)

ga002 講座『インターネット』の修了証

c0011875_10405726.jpg  gacco(無料で学べる大学講座)の2番目の講座ga002『インターネット』の修了証を頂いた。これも合格ラインぎりぎりだった。試験問題には、選択肢から答えるものと、論文形式のものがあるが、論文形式のものは、ga001の時と同様に回答しなかった。自分の文章を作るには、専門用語をきちんと確認し、曖昧な点を調査でつぶして行かねばならない。この作業が面倒なので、選択肢問題だけで勝負している。従って、受かってもぎりぎりである。

 ga003『国際安全保障論』を6月中旬から受講し、先日試験問題もやり終えた。例によって、論文問題は回答しなかったので、今回は合格ラインに1%足りなかった。しかし、現実世界の安全保障問題を研究者たちはどのように分析しているのかの一端を窺えて面白かった。ちょうど、日本では日本版NSC、集団的自衛権、集団安全保障などの議論が盛んである。
 この講義を受けて、真の世界平和は永久に実現できないだろうという持論に戻ってしまった。世界には世界政府とでも言うべき権力を持つ組織は存在しない。一国の統治もままならない国が少なくなく、世界の未来を示すものかと思ったEUも内実は問題が多い。
 人間も動物の一種であり、動物の世界は弱肉強食の世界である。人類の脳は、まだ弱肉強食から決別する方式を見出せていない。広い宇宙に進化した文明を持つ高等生物がいれば、情報を発信している筈だという考えの下、地球外知的生命探査(SETI)がずっと行われているが、その存在の兆候はまだないようだ。地球外生命の誕生はあると思っている。しかしながら、科学技術の発達はどんどん進んで物凄い兵器などはできそうだが、脳力が世界平和の方向にはあまり寄与せず、結局滅んでしまっているのではないか。

[補足(2014年8月9日)]c0011875_6213195.jpg
 ga003『国際安全保障論』は得点が合格ラインに1%足りないと思っていたら、試験問題にミスがあり、合格ラインが下がって、私も合格し修了証を頂けた。
by utashima | 2014-07-11 10:41 | パソコン | Trackback | Comments(0)

『世界史再入門』(浜林正夫著、2008年発行)

日本の歴史の本を読んだので、次は世界史をと考えて2,3の本を読んでみた。それらの中で標記の本が、分量も適当であり、私にはしっくり来た。

「まえがき」に以下の様な事が記されている。
 手ごろな世界史の入門書の要望があるが、世界史をどう組み立てるか、なかなか巧くいかない。「世界の歴史」というシリーズ物は沢山あるが、いずれも分量が多すぎ、筋が見えない。高校の教科書は手ごろだが、通読するのが苦痛なくらい単調で、むやみに人名・年代・事件が出て来て、大きな筋を掴みにくい。本書では、上記の問題点を克服する方向で、何とかまとまりを付けられたと思っている。これは私の世界史試論である。

 この本は、1991年に刊行された原本を文庫化したものであり、その際、第8章「21世紀はどういう世紀か」が加筆されている。

序章「宇宙と人類史」で印象に残った内容
・現代の世界が抱えている多くの問題(戦争、人種差別、飢餓、地球環境の破壊など)に気付き、これを改めなければならないと感じた時、我々は世界史を見る視点を持ち始める。
・世界史とは、人々の生存への努力、そのための労働と生産の営み、そして生命の大切さを互いに認め合うに至る歴史である。

第1章「人類の誕生」で印象に残っている内容
・原人が1世代当たり15km移動したとすれば、ケニアから北京まで1万5000年位で移動できたとされる。

第2章「文明の成立」で印象に残っている内容
・紀元前2世紀に司馬遷によって書かれた『史記』によると、中国最初の王朝は「夏」であったとされているが、実在したかは疑問。現在確認されている中国最古の王朝は「殷」であり、紀元前17世紀頃に成立。
・インド最古の文明はインダス文明といわれているが、詳細はまだ明らかになっていない。遺跡から文字も見つかっているが、このインダス文字はまだ解読されていない。

第3章「古代帝国の時代」で印象に残っている内容
・ギリシャはローマ帝国、ビザンツ帝国、オスマン帝国の支配を次々に受け、文化的にヨーロッパ世界全体に非常に大きな影響を与えたものの、政治的には独立を守る事が出来ず、1829年にようやく独立を達成。
・インドのカースト制度はアーリア人の時代に作られたもの。アーリアは「高貴な」という意味。彼らは被征服民である先住民をヴァルナとして差別した。カーストは、「混じり合わない」という意味で後にポルトガル人が付けた呼び名。色(ヴァルナ)によって差別する事から、本来はヴァルナ制度と呼ばれる。

第4章「封建制の時代」で印象に残っている内容
・イスラム教を説いたムハンマド(マホメット)は一旦故郷メッカを追われたが、やがてムスリム(イスラム信徒)の共同体を作り、アラビア半島を統一、その後継者たち(カリフ。ムハンマドの代理という意味)は西はイベリア半島、北アフリカから東はインド西部まで及ぶ大帝国を作り、ウマイヤ王朝(アラブ帝国)を開いた(661年)。
・ムハンマドの子孫こそ正当な後継者であると主張するシーア派は、ウマイヤ朝を倒してアッバース王朝(イスラム帝国)を建てた(750年)。
・宋代の中国に二毛作を伝えたのはベトナムであった。

第5章「近代世界の成立」で印象に残っている内容
・西ヨーロッパ諸国の世界進出の中で植民地化を免れたのは中国と日本である。
・明の洪武帝(在位期間:1368年-1398年)や永楽帝(在位期間:1402年-1424年)などは対外的に発展する政策を取った。永楽帝は、モンゴル、ベトナム、東北へ遠征したが、特に宦官鄭和(ていわ)に行なわせた南海遠征はアフリカ東海岸にまで達するという壮大なものであった。目的は貿易拡大ではなく、明朝への服従と朝貢を求めるものであったので、諸民族の反撥を招き、逆にモンゴルや日本人による侵略や密貿易に脅かされるようになった。

第6章「資本主義の時代」で印象に残っている内容
・イギリスには毛織物産業の長い伝統と技術の蓄積があり、これにアメリカ合衆国南部で生産されるようになった綿花という豊富で安い原料が結びついて、イギリスの原綿消費量は1780年代に5倍近くに増え、1790年代から1840年までに更に約15倍に増えた。
・19世紀中ごろ、イギリスは世界の石炭総生産量の三分の二、鉄の半分、自家消費用以外の綿布の半分を生産し、世界の隅々にまでその製品を売りさばいていた。
・アメリカ南部はイギリス綿業への原料供給地であったので自由貿易を主張し、東部はイギリスに抵抗して産業発展を図るために保護貿易を主張したので両者は対立、これに奴隷制を認めるかどうかという問題も絡んで、対立は深刻化。1860年、南部は合衆国から脱退し、翌年アメリカ連邦を結成した。リンカーン大統領は南部の脱退を認めず、南北戦争が始まる。
・20世紀の初め、アフリカ大陸は、リベリアとエチオピア以外は全て植民地となっていた。
・19世紀の後半、スペイン領だったフィリピンに独立運動が起こり、アメリカはその運動を支援し、独立を約束したが、戦後約束を破り独立を認めず、フィリピンはアメリカ領となった。
・ロシアは、清が次々とイギリス、フランスの要求を受け入れるのを見て、1858年アイグン条約により黒竜江以北を獲得し、1860年には北京条約によって沿海州を手に入れ、ウラジオストックに港を開いた。

第7章「現代の世界」で印象に残っている内容
・アメリカとイギリスは、1941年に大西洋憲章を発表し、反ファシズム、民族自決、領土不拡大原則などを掲げ、翌年に中国とソ連も含む26か国が加わって連合国共同宣言が発表された。
・日本への原爆投下は、ソ連が日本との戦争に加わり、日本の占領に乗り出して来るのに対して先手を打つためであったと言われている。
・韓国では1960年に経済停滞と政治不正への不満から李承晩政権が倒され、1961年に軍部がクーデターを起こし、朴正煕軍事政権が成立した。1979年に朴大統領が側近により暗殺され、1980年に再びクーデターによって全斗煥政権が誕生し、光州事件などにより民衆運動を弾圧した。1987年に憲法改正が行なわれ、戦後初めてクーデターに依らない選挙によって盧泰愚が大統領になった。
・1975年にサイゴン陥落と相前後してカンボジアでポル・ポト派による革命が勝利して民主カンボジアが生まれた。ポル・ポト派は中国に支援されて大弾圧によって政権維持を行なう。これに対し、ソ連の支持を受けていたベトナムはポル・ポト派によるベトナム攻撃の危険を感じてカンボジアに侵攻し、1979年にカンボジア人民共和国を建てた。1989年にベトナム軍は撤退した。

第8章「21世紀はどういう世紀か」で印象に残っている内容
・この本の初版は1991年に刊行されたので、1990年頃までしか世界の動きを辿っていない。そこで、この新版ではその後の世界を少し補足する。
・ゴルバチョフが始めたペレストロイカは、彼の目標を遥かに超えて、ソ連邦という体制を崩壊させた。
・イラン・イラク戦争(1980年~1988年)の際、アメリカはイラクを支援した。反米的なイラン革命の広がりを恐れたため。イラクのフセイン大統領は、アメリカは今度もイラクを支援すると期待して、1991年にクウェートを侵略したが、フセインの予想を裏切って、アメリカは多国籍軍を編成してイラク軍をクウェートから追い出した。
・中国が抱える問題の一つは、チベット・新疆ウイグル両自治区の独立運動である。チベットは1951年に中国に併合され、1959年に反乱がおこり最高指導者ダライ・ラマ14世はインドへ亡命した。
・カリブ海には13の国があるが、その内7か国は軍隊を持っていない。世界に軍隊を持たない国は27あるが、その1/4はカリブ海の国である。
・日本では1991年に宮沢内閣が成立してから2001年の小泉内閣までの10年間に7つもの内閣が誕生した。
・核兵器を持ち込ませないと言う非核地帯条約がラテンアメリカ(1967年)、南太平洋(1985年)、東南アジア(1995年)、アフリカ(1996年)、中央アジア(2006年)で締結されている。今では地球の南半分には核兵器は存在しない状況になっている。
by utashima | 2014-07-09 22:40 | 読書2 | Trackback | Comments(0)