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中和器の凍結?

 10日ほど前に、我が家の給湯器(風呂、台所、洗面所に給湯)にエラーメッセージ『290』が表示された。取扱説明書を見ると、中和器の詰まりと書かれており、対策は「販売店又は弊社窓口に連絡ください」となっている。我が家は、2008年からノーリツのecoジョーズを使っている。中和器は、ecoジョーズの方式に特有の部分らしい。一旦電源を切ってから再起動すると、復旧した。

 今日(2013年1月18日)の朝、再び『290』メッセージが現われたらしい。私はまで起きていなかった。今回は、電源の再起動では、復旧しなかった。ノーリツに電話し見て貰う事にした。その後、昼前に使ってみると、復旧していた。朝の低温が原因だった可能性が大きい。

 夕方にノーリツの人が来て見てくれ、機器は正常である事が分かった。中和器の部分の配管が低温のために凍ったからであろうとの事。対策としては、お湯をその配管部に掛ければ復旧するであろうとのこと。頻繁に『290』が現われる場合は、その配管部に断熱材を巻き付ける等の措置をすれば良いとの事。

 今年の冬は、異常に寒い。
by utashima | 2013-01-18 19:16 | 省エネルギー | Trackback | Comments(0)

日本航空宇宙学会誌にラグランジュ点軌道の解説小記事を掲載

 日本航空宇宙学会誌の2013年1月号の「えあろすぺーすABC」というコラムに、私の記した『ラグランジュ点軌道』と題した1頁の小記事が掲載された。学会から依頼されたものである。
 以下の内容から成っている。なお、全体が1頁の記事なので、簡潔に記している。興味を持たれた方は、参考文献やネット検索で更に調べて戴きたい。

(1)ラグランジュ点の導出法
 ラグランジュ点の位置は、主に2つの方法で計算できる。1つは引力と遠心力の釣り合いから求める方法であり、もう一つは潮汐力を用いて求める方法である。後者の方法の参考文献として、以前に私のブログに掲載させて頂いた田中彰氏の記事を掲げた。他では見かけない方法と思う。

(2)ラグランジュ点の歴史
 ラグランジュ点という名前からして、ラグランジュが最初に発見したのかというと、そうではない。オイラーが最初に発見している。その辺りの事を簡単に記した。

(3)今までに利用されたラグランジュ点(L1点、L2点)
 ラグランジュ点は色々な天体系に存在するが、今までに利用されたのは、太陽-地球系のL1, L2点だけである。これらの軌道の特徴を簡単に記した。 

(4)検討だけに終わっているラグランジュ点(L5点)
 日本で検討は行なわれたが、まだ実現していない太陽-地球系L5点のミッションを紹介した。

(5)将来の省エネ航法への利用
 L1, L2点は、その天体系の内と外を最小エネルギーで繋ぐ通路であり、それを巧く使うEuropaミッション等を紹介した。

 学会誌のオンラインでの閲覧は、残念ながら、まだ誰でも無料でできる状況にはなっていない様である。
by utashima | 2013-01-12 19:05 | イベント | Trackback | Comments(0)

『維新の構想と展開(日本の歴史20)』(鈴木淳著)の第4章

第4章 官と民の出会い

 明治10年1月29日夜、薩摩の私学校党が、鹿児島の政府の施設を襲撃して、西南戦争が始まった。薩摩側約2万人、官軍約4万6千人が動員された。9月24日、城山(鹿児島市北部の小山、標高100m余り)の戦いで敗れた西郷が自刃して終わった。

 明治11年7月、地方三新法(郡区町村編制法、府県会規則、地方税規則)が交付された。これにより、全国統一の本格的な地方自治制度が確立し、地方での官と民が明確に識別された。それ以前は、区長や戸長が下に対しては官を代表し、上に対しては民を代表していた。それ以後は、官の末端が郡役所、民の代表は府県会議員となった。
 その2ヶ月程前の明治11年(1878年)5月14日、内務卿の大久保利通が、島田一郎ら六名の士族により紀尾井坂(東京都千代田区紀尾井町)にて暗殺された(紀尾井坂の変)。享年47歳。大久保は護衛を伴っておらず、御者と共に凶刃に倒れた。

 西南戦争後、国会開設などを求める自由民権運動が盛り上がる。政府は、民の領域を府県会での予算審議権までに限ろうとしたが、府県会議員たちは、それ以上を求める者も多かった。各地に自由民権の結社が作られた。自由民権運動の流れの中、憲法制定論議が高まり、政府内でも君主大権を残すビスマルク憲法かイギリス型の議院内閣制の憲法とするかで争われ、前者を支持する伊藤博文と井上毅が、後者を支持する大隈重信とブレーンの慶應義塾門下生を、明治14年に政府から追放した。明治14年の政変と呼ばれている。政変後、明治23年に国会を開設するという詔勅が出された。

 明治前期は道路の時代でもあった。江戸時代は駄馬が通れれば良かったが、明治になり人力車や荷車の往来が多くなり、道路の改修が大きな課題であった。明治11年に全国的な交通網構想が、国内最初の公債である起業公債による事業計画として示された。

 三島通庸(みちつね)は、道路整備に熱心な県令であった。福島県令も兼ねていた彼は、「三方道路」の建設に取り掛かった。国からの援助を前提に、地域の人々に建設労働又は代夫料の負担を求めた。農民には大きな負担となった。「三方道路」とは、会津地方から新潟県、山形県、栃木県へ通じる県道(会津三方道路)の事。これがきっかけで、県会議長河野広中を中心に自由党員や農民が団結して反対運動を展開。明治15年11月には佐治幸平らの逮捕をきっかけに数千人の人々が喜多方警察署におしかけ、約2000人が逮捕され、河野広中が軽禁獄7年の刑を受けるなど6名が処罰された。これを、福島事件という。

 明治11年8月に「竹橋事件」と呼ばれる徴兵制軍隊の反乱事件が起きた。原因は徴兵制兵役における待遇への不満であった。徴兵制軍隊の将校には恩賞が与えられたが、下士卒に与えられなかった。政府は徹底した処罰により、軍紀の確立を図ると共に、兵卒の待遇をある程度改善した。明治12年10月に徴兵令改定が行なわれ、戸籍や体格による免役範囲の縮小と輜重輸卒(しちょうゆそつ)の徴集が実施された。輜重輸卒は後方で荷物を運ぶなどの軍夫の事であり、兵卒より下級と位置付けられた。

 明治15年7月、壬午(じんご)事変が発生。朝鮮の軍隊が日本人軍事顧問などを殺害する政変を起こし、日本公使館は総員退去を余儀なくされた。8月に予備軍が招集され、徴兵制軍隊が対外戦争に活用できることが立証された。
by utashima | 2013-01-10 19:10 | 読書 | Trackback | Comments(0)

電卓・電子辞書のリサイクル

 2013年4月から「小型家電リサイクル法」が施行される予定。つくば市では、以前から小型家電リサイクルを行なっている。私も2011年2月に2つの小型家電をリサイクルに出した。

 今日は、使わなくなった電卓と電子辞書をリサイクルに出した。近所のスーパーマーケットのカスミ梅園店にも回収ボックスが置かれていたので、そこに出した。乾電池の回収ボックスも置かれていた。しかし、ボタン電池の回収は、そこではしていない。ボタン電池は、ヤマダ電機に持って行く。

 今年4月の法律施行前から、実施しているのは評価できる。でも、回収場所と対象品が、すっきりとは整理されていないように感じる。小型家電は、電気店で回収する方が分かり易いし、ボタン電池だけが別扱いというのも面倒である。でも、資源の再利用に向けて、着実に進んでいる。
by utashima | 2013-01-08 13:14 | 省エネルギー | Trackback | Comments(0)

2013年の初詣

c0011875_152609.jpg新年、明けまして、おめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。

 2013年1月2日の午前に、いつもの千勝神社に初詣した。祖母は、出かける時は車椅子が必要なので、祖父と共に家に残り、私達夫婦と子供三人で出かけた。途中、広大な敷地に大規模な施設の建設現場が、右手に見えてきた。私は、初めて知ったが、(仮称)イオンモールつくばの建設現場だった。今年の春にオープンの予定。車で30分位の所に、イオンモール土浦もあるが、イオンモールつくばの方がずっと近くなる。

 千勝神社に午前中に詣でるのは多分初めて。拝殿の前にお参りの長い列ができていた。今までで最も長かった。今日は、最近の寒さが嘘のような暖かい日だった。上の写真は、毎年購入している干支置物で、今年は巳年。
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by utashima | 2013-01-02 15:29 | イベント | Trackback | Comments(0)