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万歩計の買い換え

c0011875_21581833.jpg 数日前、毎日使っていた万歩計が故障した。約2.5年、使った。寝る前、1日の歩数を記録するために万歩計の蓋を開けた。液晶表示が、「8888.8=」の様な表示になっていた。つまり、黒にできる所は全て黒になっていた。一瞬、その日の歩数が8888かと錯覚した。2.5年使って来たから、バッテリが消耗したのなら分かるが、全てはっきり黒表示なので、バッテリは問題なさそう。内部の回路の異常と判断し、廃棄した。

 ネットで新しい万歩計を探した。使い慣れた山佐時計計器の製品から、シンプルなEM-285を選んだ。amazonで注文したら、翌日、「欠品中なので注文はキャンセル」というメールが届いた。次は、楽天で同じ製品を注文した。今日、無事に届いた。右の画像の製品である。送料込みで約1500円。100歩歩いて液晶画面を見ると、正確に100が表示されていた。感度調整は不要だった。
by utashima | 2009-06-25 21:58 | イベント | Trackback | Comments(0)

父の日のプレゼント

c0011875_2063853.jpg 2009年6月21日、次男から、父の日のプレゼントが届いた。私の好物のモンブラン。
美味しかった。ありがとう。食べる前に写真を撮ったが、既に家内が一切れ食していた。
by utashima | 2009-06-21 20:06 | イベント | Trackback | Comments(0)

『平城京と木簡の世紀(日本の歴史04)』(渡辺晃宏著)

 タイトルの本で、奈良時代を中心とした日本の歴史を勉強し直した。平城京跡は、1952年には特別史跡として保存されており、1959年以降は、奈良国立文化財研究所が発掘を継続している。来年の2010年は、平城京遷都(710年)から1300年という事で、平城遷都1300年祭が計画されている。

 710年~784年の75年間、平城京は日本の中枢として機能した。この奈良時代は穏やかな時代だった印象を持っていたが、タイトルの本を読んでみると、以下のように色々な政治/武力・闘争があった。

(1)隼人の反乱(720年)
(2)蝦夷の反乱(720年)

(3)多治比三宅麻呂の謀反誣告(ぶこく)事件(722年)
  多治比三宅麻呂は、誰かが天皇に対する反逆を企てていると密告したが、逆に事実無根の告発をしたとして断罪された。

(4)蝦夷の反乱(724年)

(5)長屋王の変(729年)
  私に最も印象深かった事件。長屋王は国家転覆罪の嫌疑をかけられ、729年2月12日、自宅で54歳の命を絶った。妻子に毒を飲ませて絞殺し、自身も服毒自殺したらしい。約10年後、長屋王は冤罪だったとしている。この事件は、皇統内部の血筋争いと考えられている。聖武天皇も深く関与していたと推測されている。長屋王が自害した邸宅は、新しく皇后になった光明子の皇后宮として利用された。変から僅か半年後の事。この変は、長屋王の邸宅を利用したいための陰謀だったとも考えられるという。
 光明子の皇后宮が長屋王の邸宅跡であったという事は、1988年~1989年にかけて大量に出土した二条大路木簡の調査で明らかになった。

(6)藤原広嗣の乱(740年)
  九州大宰府に左遷されていた藤原広嗣が、玄昉(げんぼう)・下道真備の排斥を要求して九州で挙兵。広嗣には軍事行動の意図があったか疑わしく、広嗣の聖武天皇個人にあてた政策批判を、天皇が過敏に反応したとの考え方もある。

(7)橘奈良麻呂の変(757年)
  聖武天皇が亡くなり、叔母である光明皇太后をバックに発言力を強める藤原仲麻呂を標的としたクーデター未遂事件。仲麻呂は複数の密告から事前に把握し政敵を一挙に粛正する。奈良麻呂は光明皇太后の甥に当たる。

(8)藤原恵美押勝の乱(764年)
  押勝(藤原仲麻呂)は、淳仁天皇と不仲となった孝謙太上天皇(女性)の失脚を画策する。先に孝謙側が動き、淳仁天皇の持っていた鈴印を奪う。押勝は謀反のレッテルを貼られる。押勝は近江を通って逃げ巻き返しを図ろうとするが、吉備真備によって琵琶湖から流れる瀬田川にかかる勢多橋を落とされ、琵琶湖西岸を北上するしか手が無くなる。結局、琵琶湖西岸で殺される。淳仁天皇は、乱の経過には登場しないが、淡路島に幽閉され、約2週間後に不自然な死を遂げる。孝謙太上天皇は、称徳天皇として政務を執る。

また、度々、都を移して、民を苦しめている。
(a)710年、平城京へ遷都。
(b)740年、恭仁(くに)京へ遷都。
(c)744年、難波を首都とする。
(d)745年1月、紫香楽(しがらき)を新京とする。
(e)745年5月、平城京へ還都。

 735年~737年には、天然痘が大流行している。奈良時代も決して、平穏な時代ではなかったようだ。
 この本に現れる幾つかの遺跡を、Google Maps に追加した。
by utashima | 2009-06-20 22:02 | 読書 | Trackback | Comments(0)

一昨日の落雷の影響

 2009年6月14(日)の夕方~夜、激しい雷雨が筑波でも発生した。梅雨入りと梅雨明けの頃、しばしば雷が見られる。しかし、14日の雷は今までで最も激しいものだったと思う。梅雨に関連した雷も、温暖化が進行すると、それに影響されて激しくなるのだろうか。

 今回の雷が激しかった事を示すものとして、我が家でのドァ・フォンの故障がある。ドァ・フォンは電話機と一体となったもの。幸い電話は問題なく通じているが、ドァ・フォンは不通となった。修理を依頼中。

 更に、近所の屋根瓦の一部も道路に落ちていた。多分、落雷によるものであろう。落ちていたものが元々付いていた場所と思われる写真と、対称の位置にある正常な写真とを以下に掲げる。

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by utashima | 2009-06-16 16:24 | 省エネルギー | Trackback | Comments(0)

13年乗ったオデッセイの車検

 1996年5月にオデッセイを購入し、13年間使ってきた。今日、6回目の車検を終え、手元に戻ってきた。2年前の車検費用は約20万円だった。今回は更に膨れて33万円。13年間/10万kmも走行したので、仕方のないところ。

 ホンダのお店に車検の見積もりに出かけた時、13年使っているから、今の優遇政策を利用すると燃費の良い新車を安く買えるよ、との勧誘も受けた。触手が動き掛けたが、更に2年間はこのオデッセイを乗る事に決めた。まだ次男の行く末の目処がはっきりとは付いていない状況では、手持ちの資金の確保が重要と判断したため。今回、約10万km走行に達したため、費用は膨らむが、念のためにタイミング・ベルトも交換する事にした。なお、最近のエンジンは、より寿命の長いタイミング・チェーンが一般に使われている。2年後の次回の車検時には、1.3リットル級の小型車への買い換えを真剣に検討しようと思っている。

 13年間の6回の車検費用を振り返り、年間当たりの車検費用をグラフにしてみた。下の図である。10年目付近から急増している。
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by utashima | 2009-06-11 23:35 | イベント | Trackback | Comments(2)