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28年前の新婚旅行(その12)

c0011875_21113153.jpg 5月12日は、午前中に、ピッティ広場、ボボリ庭園、ミケランジェロ広場を回った。この地図を参照下さい。右の写真は、ミケランジェロ広場から眺めたフィレンチェの街。左の端に、ベッキオ橋が見える。

 午後、ローマに鉄道で帰った。間違って、1等専用列車に乗ってしまった。別料金が必要だった。車掌がやって来てその料金を請求するが、手持ちの現金は殆どなく、支払えない。クレジット・カードとドルのトラベラーズ・チェックのみ。車掌は渋い顔をしていたが、諦めて行ってしまった。御免なさい。

 5月13日、いよいよ帰国の朝。顔を洗っていると、電話が鳴った。モスクワ経由の日航機が故障のために乗れなくなり、別便を探しているので、すぐにロビーに来るようにとの事。南回りのアリタリア航空の便に空席があり乗れることになった。一安心だが、15時間位で帰国できる筈が、23時間位掛かることに。途中の寄航地は、ドバイ、バンコク、香港。寄航地では、待合室に出てくつろぐ事ができたので、余り疲れなかった。

 成田に着いたのは、21時頃。タクシーで筑波に着いたのは、23時頃。2週間の新婚旅行が終わった。色々なハプニングがあったが、総じて楽しい旅であった。

 ロンドンからパリに行く時のハプニングは、ホバークラフトに乗れない事が分かった事と、代替手段として苦労して手に入れた列車にも乗り遅れて急遽航空便を予約しなければならなかった事、の2つが重なり、本当に大変だった。にも拘らず、列車に乗り遅れた事は、今回ブログにまとめるまで綺麗に忘れていた。ブログ記事の元ネタは、旅行から帰った後にすぐに書いておいたが、今回それを読み返して思い出した次第。振り返って考えると、この列車の乗り遅れが、新婚旅行における最大のピンチだったと思う。それを忘れると言うのは、どういう神経作用によるのだろうか。本当に困った事は、記憶から消そうとするのだろうか。

 今回、Google Maps 上で、訪れた場所を確認して行った作業は、楽しいものだった。殆どの場所の位置関係を思い出したが、ザールブリュッケンで泊めて頂いたホフマンさんのお宅の場所だけは同定できなかった。当時の住所は知っているが、Google Maps で検索すると、多分違う場所が表示される。近くに川が無いのである。
by utashima | 2008-10-16 21:13 | イベント | Trackback | Comments(0)

28年前の新婚旅行(その11)

c0011875_2048416.jpg 5月11日は、鉄道でローマからフィレンツェに向かう。約3時間で到着。ホテルの斡旋所で、予約しておいたホテルの場所を教えてもらう。すぐ近くだった。この地図を参照。日本を出発する前には、多分場所を知らなかったと思う。右の写真は、ホテルからのフィレンチェ駅前の眺め。チェックインを済ませて、駅前の Bar で昼食。恐らくここでの事と思うが、中学生位の子供が昼食時にワインを飲んでいた。イタリアでは、子供でもワインを飲むのか?と驚いた。


c0011875_2052384.jpg その後、駅前で買った地図を見ながら街中を歩いた。右は、ジオットの鐘楼。

c0011875_20531293.jpg 次は、ベッキオ宮。ここは、フィレンチェの市役所でもあるらしい。


 フィレンチェで最も古い橋らしいベッキオ橋を渡った。橋の上にお店が隙間なく続いている。適当な写真を撮っていなかったので、こちらのサイトをご覧下さい。ここのお店で、我々の仲人をして頂いた石井先生へのお土産を買った。

***(続く)***
by utashima | 2008-10-15 20:39 | イベント | Trackback | Comments(0)

28年前の新婚旅行(その10)

c0011875_19582660.jpg 5月10日午後は、バチカン市国へ。バチカン市国の内、サン・ピエトロ寺院だけは入ることが出来る。そのドームの上まで登った。ネットで調べてみると、高さ120mもある。右の写真は、ドームからローマ市内の方向を眺めたもの。ローマは上から見ると綺麗だったが、下に降りるとそうでもなかった。


c0011875_2013362.jpg 逆の方向を見ると、バチカン市国の内部。ここを眺めていると、昔、NHK で放映していたイギリスの作品の『プリズナーNo.6』を思い出した。主人公が、どこにあるか分からない村に拉致される話であるが、バチカン市国の雰囲気がその村に似ていた。ネットでバチカン市国の歴史を読むと、「1860年にイタリア王国が成立すると教皇領は接収されたため、ローマ教皇庁とイタリア王国政府が関係を断絶し、教皇は「バチカンの囚人」と称してバチカンに引きこもった。」とある。バチカン市国は今は独立国であるが、収容所的な時期もあったようだ。

***(続く)***
by utashima | 2008-10-13 19:58 | イベント | Trackback | Comments(0)

28年前の新婚旅行(その9)

 5月9日、ツアー ZERO で参加したメンバ全員が、ここからローマに飛ぶ。ジュネーブ発12時40分の便。ジュネーブの空港の位置は、この地図を参照。この空港のすぐ西の地下に、1周27kmの欧州原子核研究機構(CERN)の巨大リングがある。このリングを使ったLHC(Large Hadron Collider)が2008年の秋に完成。現在は、故障の修理中らしい。

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 最後の訪問国であるイタリアのローマに午後3時か4時頃に着いた。空港から市街地までバスで約1時間。日本語のうまいイタリア人男性が案内してくれた。ホテルに着くと、すぐにバスでテルミニ駅まで行った。2日後にそこからフィレンツェに行くので。テルミニ駅からスペイン広場まで歩き、帰りにピザを買って来て夕食とした。

 翌5月10日の午前中は、オリエンテーション観光として ZERO の日本人女性がバスで案内してくれた。
・コロセウム(右の写真)
  たくさんの穴は、戦争中鉄が不足している時に抜き取られた跡と説明していた。
・真実の口

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・トレビの泉(右の写真)

 スペイン広場で昼頃、解散した。午後は、バチカン市国でゆっくりしようとタクシーで移動した。各地名の位置は、この地図をご覧下さい。

***(続く)***
by utashima | 2008-10-13 09:37 | イベント | Trackback | Comments(0)

28年前の新婚旅行(その8)

c0011875_1817570.jpg 5月8日、インターラーケンからジュネーブに出立。11時頃の列車で西駅を発った。その前の約1時間、街を散歩。右の写真は、その時のもの。ジュネーブの少し手前にローザンヌという街がある。レマン湖に面しており、列車からの眺めは素晴らしかった。


c0011875_18491676.jpg ジュネーブには、午後2時頃着いた。ここは、日本にもよくある普通の都会といった印象だったが、レマン湖の見える所に来てみると、スイスだなぁという感慨が湧いてくる。レマン湖の向こうには、モンブランが見え、有名な大噴水も水を噴いていた。右の写真。
 ZERO にセットされていたホテルは、EPSOM Hotel。このホテルは、殆ど記憶にない。Google Maps で調べてみると、駅から 1km 程の距離。ホテルからレマン湖まで 300m 程度と近い。この地図を参照。夕食は、ビーフステーキ専門店で食べた。

***(続く)***
by utashima | 2008-10-12 18:17 | イベント | Trackback | Comments(0)

28年前の新婚旅行(その7)

 5月6日、ザールブリュッケンからインターラーケンに向けて出発した。途中、マンハイムとバーゼルで乗り換えた。位置関係は、この地図をご覧下さい。乗換えにおいては、案内表示があり、迷う事はなかった。夕方4時過ぎにインターラーケンに到着。避暑地といった感じの町。列車を降り、両替を済ませ、ホテルの場所を information で教えて貰った後、家内が「あっ、忘れた!」。ジャンパーを列車内に置き忘れたのだった。すぐに Lost and Found Office に行き、話をした。「6時に引継ぎの人が来るから、その時に来てくれ。今は忙しいので。」との返事。私は、この返事の聞き取りが出来なかった。上記は、家内の聞き取り。ホテルは近いので、少し街中を歩いた。ジャンパーを売っている店があったので、購入した。6時過ぎに再び駅のLost and Found Office に行くと、「明日来てくれたら、お渡しできる。」という事で安心した。ホテルでチェックインの時、ホテルの人と話をすると、インターラーケンは最近(1980年時点での)大津市と姉妹都市の縁組を結んだとか。登山電車に「大津」の文字があった。ホテルの名前で調べてみると、上記のリンク先が見つかった。確かに28年前に見た建物だ。

 夕食は、駅周辺のレストランで。入ると、日本語のメニューを持って来てくれた。ハム・サラダ、チーズ・フォンジュ、ワインを頼んだ。メイン・ディッシュのチーズ・フォンジュが来る前にお腹が一杯になった。

 翌5月7日、9時頃ホテルを出発し、ユングフラウヨッホへの旅に。インターラーケン東駅までは Eurailpass が有効であるが、その先の登山鉄道は別料金。一人当たり 73.6 スイス・フラン(約8800円) 必要だった。登山鉄道の概略ルートも上記の地図に記している。Kleine Scheidegg 辺りまで来ると、一面銀世界。目を開けていると眩しい。この時に備えてサングラスを日本から持って来ていたが、ホテルに置き忘れた。駅の売店で廉いサングラスを買った。

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 登山電車の中でイギリス人に話しかけられた。地図を示しながら、「スイスを一周しているんだ。」と説明してくれた。しかし、聞き取れない事も多く、申し訳ない気持ちで聞いていた。ヨッホまで登っても、視界は開けなかったが、リフトで 120m上がったスフィンクス・テラス(3573m)まで行った時、素晴らしい眺めが開けた。ネットで調べると、ユングフラウヨッホの素晴らしい写真やスフィンクス・テラスの説明も載っているサイトが見つかったのでリンクしました。右の写真は、スフィンクス・テラスにいる私。

***(続く)***
by utashima | 2008-10-11 16:00 | イベント | Trackback | Comments(0)

28年前の新婚旅行(その6)

 5月5日、パリ東駅からドイツのザールブリュッケンへ鉄道の旅。駅で朝食を食べていると、再び ZERO で一緒に来た人達に会った。マインツでライン下りをするという事だった。私達は、日本から Eurailpass を持って来ていたが、First Day と Last Day を駅で記入して貰わずに列車に乗ってしまったので、車掌に、二人合わせて30フラン(約1700円) を徴収された。パリを出発してからドイツ(当時は西ドイツだった)の国境に行くまで、大きな街はなかった。ザールブリュッケンに着くのは午後2時頃なので、昼食を車内で済ませる積もりだったが、全く何も売りに来ないので、昼食にありつけなかった。事前に調査しておくべきだった。でも、当時はインターネットもなく、個人での調査は困難だった。
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 ザールブリュッケンに着いた。駅構内は工事中のような雰囲気だった。待合室のような所まで行くと、小柄な日本人の女性が立っておられた。ホフマン夫人だった。私は初対面。その後ろに、体格の良いご主人もおられた。すぐに自家用車「三菱ランサー」で自宅に。車内で、「昨日までは寒かったが、今日は本当に良い天気だ」とか「パリも昨日は寒かった」などと話しながら。ホフマンさんの家の辺りは、昔からの住宅街ということで綺麗な所だった。アパートも昔に建てられたものであるが、綺麗な建物。6つほど部屋があり、月5万円くらいの家賃という事だった。ご主人は、すぐ職場に戻られた。4時頃、勤務を終えて帰宅予定。私達は、ホフマン夫人に、紅茶とチーズケーキをご馳走になった。その後、1時間ほど、私と家内は二人で近所を散歩した。すぐ近くをザール川が流れていた。右の写真は、そのザール川の岸辺。

 ホフマンさんが仕事から帰宅された後、夕食までの1時間位、町の中を案内して下さった。ホフマンさんは建築家でアメリカに留学されていた事がある。でも、英語はあまり得意ではないようで、私達には丁度良かった。夕食は7時頃から始まったが、外はとても明るく、窓からの明かりだけで十分だった。献立は、麺類とロースト・ポークだったと思う。とっておきのドイツ・ビールもご馳走になった。食後は、上等なワインを飲みながら、隣の部屋で雑談。

 翌5月6日は、11時過ぎの列車でインターラーケンへ。ホフマンさんが11時前に職場から帰ってきて駅まで送って下さった。

***(続く)***
by utashima | 2008-10-10 20:12 | イベント | Trackback | Comments(0)

28年前の新婚旅行(その5)

 ホテルに戻ると、フロントで Lido の予約を頼んでみた。その夜は満席だった。別の店を当たってもらい、Paradis Latin を予約して貰った。21時から開演。正装して、出かける前にホテルの部屋で撮った写真が下。ナイトクラブに行くのは、日本も含めて初めてである。
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 Paradis Latin に着いたのは21時を少し回っていたが、殆どの席が埋まっていた。1階の中ほどの席に案内された。メニューが出されたが、よく分からない。適当に注文して、何が来るかなといった感じ。周りを見ると、金持ちそうなフランス人たちがお喋りしながら食事している。余り作法について気にしているふうではない。日本語のわかる人は居そうになかったので、気が楽であった。食事は旨いとは思わなかったが、ショーは楽しかった。迫力もあった。費用は、二人で約3万円。明日からは節約しようと言いながらホテルに戻った。

 5月4日、地下鉄でカルチェ・ラタンの辺りへ。地上に出てみると、朝市が開いていた。食べ物を2,3買ってかじりながら歩いた。リュクサンブール公園の近くでサンドウィッチを買う。サン・ジェルマン・デ・プレ付近で昼食と思ったが、どこも一杯。地下鉄でルーブル美術館前まで行き、そこで昼食。食後に、ルーブル美術館に行ってみると、従業員のストライキのため閉館だった。仕方ないので、隣接するチュイルリー庭園を散歩。コンコルド広場まで来た後、買い物通りを歩いていると、ZERO の同じ便でロンドンまで来た人達と出会った。パリは狭いなと思った。その後、エッフェル塔まで歩いた。各地名の位置は、この地図をご覧下さい。

***(続く)***
by utashima | 2008-10-09 20:43 | イベント | Trackback | Comments(0)

28年前の新婚旅行(その4)

 5月3日朝、ホテルの朝食で出たフランス・パンはとても美味しかった。前日までの疲れが吹っ飛び、楽しい旅行になりそうな予感を感じた。近くの地下鉄のマドレーヌ駅まで歩き、パリ東駅に行った。5月5日朝にドイツのザールブリュッケンに行くので、列車の便を Information で教えてもらうため。ザールブリュッケンには、家内の友達のお姉さん夫妻が住んでいる。下の写真は、パリ東駅。
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 その後、地下鉄で George V 駅まで行き、凱旋門まで歩いた。中を登ろうかとも思ったが、何十人も並んでいたので止めた。その後、シャンゼリゼ通りを東に散歩。途中のカフェテリアで昼食。暖かい日差しで、暑いくらい。下は、シャンゼリゼ通り。
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次の写真は、アンバリッドを背景にした家内。
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 遊覧船にも乗ってセーヌ川を移動した。切符を買うところで、「日本の方ですか」と日本語で話しかけられ、「Yes」と言うと、日本語のパンフレットもくれた。ノートルダム寺院、自由の女神、エッフェル塔などを船から眺めた。川の上は、風があり、少し寒かった。近くのカフェでお茶を飲んで、地下鉄でホテルに戻った。夜、ナイトクラブに行こうか、と話しながら。

 訪れた場所の位置関係は、このGoogle Maps をご覧下さい。

***(続く)***
 
by utashima | 2008-10-08 15:55 | イベント | Trackback | Comments(0)

28年前の新婚旅行(その3)

 パリへは DC-9 で飛んだ。パリのドゴール空港に着いて空港内を進んでいると、エール・フランスのコンコルドが見えた。コンコルドは、1976年から定期運航を開始していた。この時は、それから約4年後である。すぐにシャッターボタンを押した。
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 パリに着いてホッと一息ついたのも束の間、私たちの手荷物が出て来ない。近くに居た係官に英語で問い合わせたが、フランス語しか通じない。困った。周りを見渡すと、同じように手荷物が出て来ない男性がいて、フランス語で係官と交渉していた。私達は、その男性の後に付いて行こうか、と話していた。すると、その男性は、私たちに英語で話しかけてくれた。今着いた便には荷はなかったので、1時間後の便を待つか、などと話した。が、私達はかなり早く荷を預けた事を思い出し、前の便で着いている可能性もある事に気付いた。前の便の荷が置いてあるところに行くと、ちゃんと存在した。悪い事が連鎖反応的に発生していた。

 外へ出てバス乗り場を探そうとしたが、強引なタクシーに負けて乗ってしまった。午後8時を過ぎていたが、緯度の高いパリは、まだ明るかった。市内に入ってセーヌ川に沿って走り、エッフェル塔が見えると、パリに来たんだな、という思いになってきた。

 ホテル(Waldorf Florida)に着いてタクシー代金を払う時、T/C(トラベラーズ・チェック)をフランに交換していないことに気付いた。運転手は、ホテルでフランに代えてもらえという。時刻も遅かったためか、ホテルも両替してくれない。どんな形で支払ったのか、覚えていない。ホテルに支払ってもらい、その分を宿泊費に付け加えて支払ったのかも知れない。ホテルは、マドレーヌ寺院に近い良い場所にあった。ホテルの位置などは、この Google Maps をご覧下さい。

 この日の夕食は、午後10時頃に、10分程度歩いて見つけた American Express Card の使える店で、ハンバーグを食べた。現金フランを持っていなかったので。この店で、私達は結婚して初めての喧嘩をした。私は、前日の午後から、あちこち駆けずり回り、慣れない英語で何とかスケジュール通りにパリのホテルに着こうと頑張ってきた。その甲斐あって、予約しておいたパリのホテルにチェックインできた。くたびれたが、ある程度の達成感があった。一方、家内は、私について動いていただけで、ロンドンの市内見物も殆ど出来ず、疲労感だけが残ったのであろう。

 下の写真は、ホテルのベランダからの眺め。
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***(続く)***
by utashima | 2008-10-07 19:17 | イベント | Trackback | Comments(0)