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Google Earth で見る世界遺産(3)

 Google Earth で見る世界遺産の第3回目は、空中都市マチュピチュ(ペルー)、シェーンブルン宮殿(オーストリア)、ベルサイユ宮殿(フランス)を取り上げる。

7. マチュピチュ(ペルー)
 マチュピチュは、南米アンデスの山中の 2400 メートルの断崖の上に有る遺跡であり、「空中都市」とも呼ばれている。インカ帝国の皇帝が15世紀に作ったものらしい。NHK の世界遺産の番組における視聴者の投票によるベスト30の第一位になっている。浅川嘉富氏のサイトの「マチュピチュへの上り坂」を読むと、「急勾配の12曲がりのスロープがくっきりと見える。」とあり、その事を示す写真が添えられている。凄い勾配だ。しかし、Google Earth で見ると、以下のようになる。12曲がりは左側に行くほど高くなっている筈なのに、殆ど平坦にしか見えない。これは私の想像であるが、衛星画像を貼り付けた DEM (Digital Elevation Model) に問題があるのかも知れない。12曲がりを上り詰め、画像の上の方に進むと、マチュピチュ遺跡がある。
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 もう少し接近してみた画像が下である。
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 更に、遺跡部分を大きく拡大すると、以下の画像となる。
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8. シェーンブルン宮殿(オーストリア)
 シェーンブルン宮殿は、「会議は踊る。されど進まず」で有名なウィーン会議が開かれた場所。ウィーン会議は、ナポレオン失脚後のヨーロッパの体制を決めるために1814年に開かれた国際会議。シェーンブルン宮殿は、ハプスブルグ家の夏の離宮として建てられたロココ式の華麗な宮殿。このサイトで、綺麗な写真が見られる。

 ウィーンの街の広い範囲の衛星画像を下に示す。画像内の左下にシェーンブルン宮殿がある。
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 シェーンブルン宮殿の衛星画像を次に示す。撮影の時期も悪かったのかも知れないが、衛星写真では良さは判らない。
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9. ベルサイユ宮殿(フランス)
 各世界遺産の場所を知るため、ネットでその世界遺産に関するサイトを検索している。今回、このようなサイトが見つかった。Google Earth で世界遺産を見ようというもの。「世界遺産リスト」をクリックすると、画質の良いのと悪いのとに分けて、各世界遺産の緯度・経度が表になっている。これは便利だ。私の PC では、Intel Graphics Driver のバグのために、Fly to 機能を使うと、フリーズしてしまうが、Google Maps の検索窓に、緯度・経度の値をコピーして「地図を検索」を押すと、その場所が表示される。私は、それを見て、Google Earth でその場所を探している。

 下の画像は、ベルサイユ宮殿の全景である。私は、訪れた事がないので、どこに何があるのか、判らない。
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 このサイトに、ベルサイユ宮殿の詳しい案内が書かれている。そこから詳細な地図(PDFファイル)をダウンロードできる。
 下の画像は、宮殿付近のズームアップである。人間の一人一人が判る。これは、航空写真であろう。
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by utashima | 2006-07-27 20:03 | パソコン | Trackback | Comments(0)

Intel Graphics Driver の不具合?

 2006年7月25日夜、家庭の PC で RealPlayer ver.10.5 で音楽を聴きながら、Google Earth を使っていた。すると、音楽があるフレーズを繰り返すようになり、マウスも効かなくなった。Ctrl+Alt+Del ボタンを押して、Google Earth を終了させようとした。しかし、動作しない。暫く様子を見ていると、画面の解像度が 640×400 程度にまで落ちた。更に数分間待ってみたが何も出来ない状態なので、最後の手段として、電源ボタンを 10 秒程度押して、強制的に PC を終了させた。10 秒程度後に電源を入れると、正常に立ち上がった。そして、「危機的状況から復旧しました」といった内容のウインドウが現れた。Intel Graphics Driver の不具合との表示も出た。マイクロソフト に報告しますかと聞いてきたので OK を押した。

 すると、以下の画面がブラウザに現れた。画像をクリックして戴ければ、綺麗に表示されます。
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 今回の問題の検討状況は、以下の所をみれば、フォローできるようだ。
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 解決するまでは、RealPlayer と Google Earth の同時使用は止めておこう。


**** 検討結果が出た(2006年7月26日夜)****

 1日足らずの内に、検討結果が出ていた。その内容を以下に貼り付けた。内容的には、上の最初の情報と同じである。
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DELL のサイトを見ても、私の PC で使っているドライバは最新版のようだ。という事は、新版が出るまで待つ必要があるという事になる。マイクロソフトが、この不具合情報をインテルに伝えていれば良いのだが。
by utashima | 2006-07-26 23:23 | パソコン | Trackback | Comments(0)

Fly to 機能のバグ? (Google Earth)

 最近、よく Google Earth を使用している。表示したい場所の緯度、経度が判っていれば、Fly to という枠に、それらの値を入力すれば、自動的にその場所まで飛んでくれる機能がある。今まで知ってはいたが、使った事はなかった。先ほど、試しに使ってみた。
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上の画像のように、「40N,140E」と入力すると、確かに日本の八郎潟の真ん中まで飛んで行った。凄いと思ったのも束の間。Google Earth は死んでいた。何をしても動かない。Ctrl+Alt+Del ボタン群を押して、Google Earth を切り離せば、PC は正常に戻った。Fly to 機能にバグがあるのではなかろうか。

*** 追記 *** (2006年7月27日)
 ブリザドさんから、「この現象は、 Graphics Driver のバグが原因の可能性が大きい。」とのコメントを戴いた。ブリザドさんの PC にインストールされている Google Earth を使って、上記の事を実行して戴いた。全く正常であった。よって、私の家庭の PC の Intel Graphic Driver のバグが原因と判断した。Google さん、失礼しました。 
by utashima | 2006-07-26 18:02 | パソコン | Trackback | Comments(0)

Google Earth で見る世界遺産(2)

 Google Earth で見る世界遺産(2)では、中国の万里の長城、ギリシャのアトス山、イタリアのポンペイを取り上げる。

4. 万里の長城(中国)
 最も有名な北京近郊の八達嶺長城を Google Earth で探した。左のリンク先には、北京から北西に約 80km とある。簡単に見つかると思って探し始めたが、中々判らない。やっと、ここだろうと思う場所を見つけた。それが下の画像である。南北をほぼ逆さに表示している。左は駐車場のように見える。そこから右に峰に沿って走っているのが長城の一部であろう。画像の外であるが、左の方にも長城は伸びている。画像をクリックすると、もう少し綺麗に見える。
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5. アトス山の修道院(ギリシャ)
 アトス山は、ギリシャ北部にある 1054年より続くギリシャ正教の聖地。現在も20ほどある僧院で1400人の僧が修行している。女人禁制。1988年に世界遺産に登録された。下の画像にギリシャ北部の3つの半島を示す。その最も東にある半島の先端にアトス山がある。
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アトス山の付近を拡大したのが次の画像である。その画像の○で囲んだ所に何かありそうである。このサイトによると、Holy Monastery of the Great Lavra という修道院がある。963年にできたものらしい。
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その修道院の場所を拡大した衛星画像が次のものである。
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6. ポンペイ遺跡(イタリア)
 ポンペイは、79年にベスビオ火山の噴火で壊滅した都市である。18世紀に発掘が開始され、主要な部分は有料で一般に公開されているようだ。下の衛星画像は、ベスビオ火山を背景にして、ポンペイ遺跡を斜め上空から眺めたもの。画像の下半分がポンペイ遺跡である。
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ポンペイ遺跡を真上から眺めた画像を次に示す。画像の下部に見える駐車場は、観光客用のものであろうか。
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by utashima | 2006-07-26 12:02 | パソコン | Trackback | Comments(0)

懐かしい佐貫駅の周辺

 私は、結婚前の1976年~1980年の4年弱の期間、常磐線の佐貫駅近くの借り上げ宿舎に住んでいた。東京などに出張の際は、私は つくば エクスプレス (TX) でなく常磐線を利用するため、この駅に毎回停車するが、降りる事はない。当時住んでいた家を電車の窓から探そうとしても、家が増えてきて、判らなくなっていた。Google Maps で探しても、自信がない。そこで、自宅から車で佐貫駅まで出かけてみた。

 30年前の通勤ルート(国道6号線)で行ってみた。ひたち野うしく駅付近には高層のマンションなども建ち、牛久の町に近づくと、ショッピング・センターなども出来ていた。30年前も朝夕の渋滞は酷かったが、多分今も変わらないのであろう。最も驚いたのは、佐貫町に近づいた時、国道6号線が二つに分かれ、一つは高架道路になっていた事。新しい高架道路には、藤代バイパスという名前が付いていた。高架道路には入らず、昔からの6号線を進んで、佐貫駅に向かう道に左折した。左折してすぐ右側に、ヤオコーというショッピング・センターが出来ていた。佐貫町の中は車を止めておく場所に苦労しそうだったので、ヤオコーの駐車場に車を止めさせて貰った。
 
 以下に、佐貫駅周辺の Google Maps の地図を示す。この地図をみると、藤代バイパスが左上に見える。画像の上をクリックすると、もっと綺麗に見える。
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下の画像は、上の地図と同じ場所の衛星画像である。Google Maps では、このような比較が簡単に出来るのが良い。
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この衛星画像を見ると、藤代バイパスの高架道路(牛久沼大橋という)は、開通直前である事が判る。このサイトを見ると、2005年3月に牛久沼大橋が開通している。と言う事は、この衛星画像は、その少し前という事になろう。今日まで、牛久沼大橋の事を全く知らなかった。

 6号線を左折して真っ直ぐに進むと、佐貫駅西口に出る。下の写真がそうである。
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 下の写真は、駅から北西に数十メートル進んだ所にある八百屋さん。ここでプリンを良く買ったのを思い出す。
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 更に北に100メートル程行った所に、嘗て住んでいたアパートが有った。
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by utashima | 2006-07-23 19:18 | つくば近傍探訪記 | Trackback | Comments(0)

Google Earth で見る世界遺産(1)

 NHK で放送されている世界遺産の番組を時々観る。可能ならば、そこに飛んで行きたい思いに駆られる。以前ならば、世界地図帳を広げて眺める位しかできなかったが、今は、Google Earth を使えば、その場所の衛星画像を見ることができる。場所によっては、衛星画像よりも高解像度の航空写真が使われているようだ。左のリンク先の「概要」には、
標準的な解像度は15mであるが、大都市や興味深い施設などでは、解像度1mの高解像度画像が使われている。この解像度では、航空機の機種もおおまかに判別できる。また、極めて限られた地域では、解像度60cm、30cm、15cmの画像が使われており(例:マサチューセッツ州ケンブリッジ "Cambridge, Ma.")、この場合は車の車種や、木々が落とす枝の影さえ判別できるほどである。
とある。

 幾つまで続けられるか判らないが、関心を持った世界遺産を Google Earth で眺めてみたい。

1. ドレスデン(ドイツ)
 ドレスデンは、第二次世界大戦の時に連合国から激しい爆撃を受けた町である。歴史的な建物の多くが破壊されたが、戦後に修復され、2004年に世界遺産に登録された。下は、ドレスデンの広域画像である。画像の上でクリックすると、より鮮明な画像となり、下に AeroWest という表示が見える。この画像は、航空写真であろう。
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次の画像は、ドレスデンの中心部をほぼ限界まで拡大したもの。これが、2005年秋に再建された聖母教会かも知れない。調べてみたが、自信がない。人間一人ひとりが判る。
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[補足(2008年3月7日)]
 聖母教会は上の画像には写っていなかった。下の画像の中央付近にあるもっと大きなドーム状の建物が、聖母教会。
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2. モン・サン・ミシェルとその湾(フランス)
 モン・サン・ミシェルは、フランス北西部ノルマンディー地方のサン・マロ湾に浮かぶ小島に建つ修道院。8世紀に建てられたようだ。この辺りは干満の差が激しいため、潮位によって、島は陸続きになったり、孤島になったりしたが、1877年に作られた道路により陸続きになった。ところが、潮の流れが堰き止められたために環境に問題が発生したので、道路を取り壊して代わりに歩道橋を架ける事になったらしい。この辺りの事は、このサイトに詳しい。下の画像が、Google Earth で見たモン・サン・ミシェル。影を見ると、島の中央部に尖塔のあるのが判る。
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3. エアーズロック(オーストラリア)
 有名なエアーズロックを Google Earth で探した。下の画像である。地層を表わす筋がはっきり見える。この岩の成り立ちについては、このページを参照下さい。
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by utashima | 2006-07-23 16:53 | パソコン | Trackback | Comments(0)

我が家の2011年以降の TV 環境

 2011年7月24日を以って、地上波アナログ TV 放送が停止し、地上波デジタル TV 放送のみになる事になっている。今から5年後である。我が家の TV 視聴環境がどうなるか、真剣に考えてみた。

 我が家は、つくば市全域をサービス・エリアとしているケーブルTV を利用している。とはいえ、利用するのに、ホームターミナルやセットトップボックスを必要としない「再送信サービス」だけを利用している。料金は年間2310円である。この料金は、家庭に何台の受像機が有っても同じである。「再送信サービス」とは何かと言うと、各家庭で個別にアンテナを立てる代わりに、ケーブル TV 会社が受信した電波を増強してケーブルで配信するサービスである。アナログ TV では、個別にアンテナを立てて TV を見るよりは、画質が良いが、デジタル TV になると、画質に差はなくなると思われる。つまり、アナログ TV の時代は、年間2310円を支払って良い画質を得ていた事になるが、2011年以降は個別にアンテナを立てても同じ画質が得られるため、2310円のメリットはなくなる。しかし、年間2310円は十分に廉価であり、その気になれば、セットトップボックスを利用するサービスも利用できるので、2011年以降も「再送信サービス」が継続されるならば、今まで通り利用する積もりである。

 上記の「再送信サービス」という言葉を知ったのは、本日(2006年7月17日)が初めてである。ケーブル TV 会社のホームページを見ても、この言葉を見つける事ができない。隅々まで探せば存在するのかも知れないが。数年以上前に、このケーブル TV 会社に、現在の格安サービス(「再送信サービス」の事)をずっと利用できるのかを聞いた事がある。その時の返事は、いずれ無くなる可能性があるというものだったと記憶している。その事を思い出し、2011年を境に、「再送信サービス」を止めるのではないかと危惧して、ケーブル TV 会社に問い合わせてみた。杞憂に終わった。こちらの受像機をデジタル対応にすれば、今までと同じ契約で地上波デジタル TV を視聴できる事が判った。現在既に、アナログとデジタルの両方の情報が流されている。今後、我が家の TV 受像機を更新する際は、デジタル対応のものにしたいと思う。

 ケーブル TV の本来のサービスは、このページのような料金体系になっている。「再送信サービス」と違って、受像機単位の契約である。我が家には、一緒に住んでいる両親のものを別にしても、5台の受像機がある。全てにセットトップボックスの契約をする事は、コスト上困難である。リビングの受像機のみ、その契約をするのが現実的な選択であろう。しかしながら、子供たちがリビングの受像機の取り合いをする事が容易に想像されるため、セットトップボックスの契約は全くしていない。
by utashima | 2006-07-17 17:50 | 最近考えている事 | Trackback | Comments(0)

全記事へのトラックバックを拒否設定に

 不愉快なスパム・トラックバックが後を絶たない。当初は、エキサイト・ブログが用意している「ID・URLの拒否設定」機能を利用していたが、効果がない。新しい記事を投稿した後の1,2日間に大量のスパム・トラックバックが来る。大量と言っても、私の場合は、記事当たり数十を超える事はなかったが。今までは、見つけたら削除していたが、もう限界である。現在まで、24件の正常なトラックバックを戴いているが、利益より害が大きいと判断したので、タイトルのように全記事に対し、トラックバック自体を拒否する設定にした。上記24件のトラックバックを送って頂いた方々にお詫びします。ご理解をお願いします。コメントは、今まで通りに/以上に宜しくお願いします。
by utashima | 2006-07-14 20:23 | ブログ作成の経過 | Trackback | Comments(0)

C ドライブ残容量の危機

 私が職場で使っている Windows Xp professional 搭載の PC の C ドライブ残容量が減っている。本日(2006年7月13日)の午前中までは、860MB 存在した。新しいソフトのインストールなどをしなければ、これが更に減る事はないと考えていた。今日、Microsoft Update (従来の Windows Update の新版であり、Microsoft Office の更新も自動でできる) の通知が来た。セキュリティ確保のため、マイクロソフト社から来るこの種のアップデートは実行しなければならない。すぐに実行した。無事に終わり、OS の再起動をして、最近気になっている C ドライブの残容量をチェックしてみた。何と、740MBにまで減っているではないか。今回の Microsoft Update により、約120MBだけ C ドライブの残容量が減った。C ドライブの残容量は幾らあれば良いかであるが、先日の記事の現象が起きた時に、最低でも 200MB 程度は必要と言うメッセージが出ていたように記憶している。余裕を見て、500MB を下限と考えると、私の場合、240MB しか余分がない事になる。今回程度のMicrosoft Update が今後2回あれば、500MB になってしまう。これは容易ならざる事態である。なお、通常、C ドライブに作られるスワップ・ファイルは、OS の機能を使って、既に D ドライブに移動している。

 C ドライブの残容量を大きくするために、不要なソフトはほぼ削除している。Google Eartgh も削除した。見たい時は、自宅の PC で見る事にした。更に削除できるものと言えば、Google デスクトップ程度しかない。PC 内のファイル検索が非常に高速にできるので便利なソフトである。しかし、現在は、C ドライブにしかインストールする事ができない。そして、C ドライブに大きなサイズのインデックス・ファイルが作られる。私の場合、約500MB のサイズである。Google 社は、C ドライブ以外にもインストールできるように改良を検討中であるが、今はまだできない。検索は、頻繁に行なう訳ではないので、Google デスクトップを削除する事にした。改良版が出てくれば、再度導入したい。Google さん、宜しくお願いします。Google デスクトップを削除して、現在は、約1200MB になった。これでも、Microsoft Update の回数が増えれば、心配である。次の段階の対策は、OS の機能を使って、使用頻度の低い C ドライブのファイルの圧縮を考えている。私の環境では、更に 500MB 程度の改善ができる。

 このような事態になった根本原因は、ハードディスクのパーティションの移動を OS レベルでサポートしていない事にあると考えている。D ドライブは、何 GB も空いているのだから。別会社から、そのような機能のソフトが販売されている事は知っている。しかし、どの程度、信頼できるのか判らないので、使う気持ちになれないでいる。Windows Vista では、パーティションの移動の機能はあるのだろうか。もしなければ、マイクロソフト社には、ユーザーの立場に立って、OS にはどのような機能が必要かを、改めて考え直して欲しいと思う。
  
by utashima | 2006-07-13 19:52 | パソコン | Trackback | Comments(5)

『人類が知っていることすべての短い歴史』

 Bill Bryson 著(楡井浩一訳)の標記の長いタイトルの本を読んでいる。タイトルが長いだけでなく頁数も 600 を超えている。この本は、新聞の読書欄などに紹介されていた。本のカバーには、「科学と無縁だったベストセラー作家が3年掛けて多数の専門家に取材し、世界の成り立ちの解明に挑む。・・・」と紹介されている。この本を読んでいると、驚く事が多々あった。その幾つかをここに記す。

宇宙背景放射の発見
 1965年、ベル研究所のペンジャスとウィルソンは偶然に宇宙背景放射を発見し、1978年にノーベル賞を受賞した。一方、ベル研究所から 50km 離れたプリンストン大学では、宇宙物理学者ガモフが 1940年代に立てた仮説(宇宙の深部を探ればビッグバンの残留物である宇宙背景放射が見つかる)を追いかけていた。ガモフは上記の仮説を発表した後の別の論文で、ベル研究所のアンテナを使えば宇宙背景放射を発見できそうだと言及していた。しかし、ベル研究所の人たちもプリンストン大学の人たちも、その論文を読んでいなかった。

超新星爆発の威力
 もし、地球から 500光年以内のところで超新星爆発が起こったら、私たちは一巻の終わりらしい。

ニュートンの奇行
 ニュートンは誰にも真似のできないような実験をした。穴あけ針を自分の眼窩に突き刺し、目と骨の間を目の裏側まで擦り付ける様に回して、結果がどうなるかを調べようとした。また、耐えられる限界まで太陽を見つめて、視力にどのような影響が出るかを突き止めようとした。幸い、何れも大きな損傷にはならなかった。

ニュートンの『プリンキピア』執筆にまつわる話
 1683年にハレー(ハレー彗星のハレー)、フック(ばねのフックの法則のフック)、レン(クリストファー・レン卿。建築家、天文学者)がロンドンで一緒に食事をした時の話。惑星の軌道が楕円である理由を解明した方に 2,3 週間分の給料程度の賞金をレンが出す事になった。フックは、自分は既に解いていると発言したが、詳細は説明せず。ハレーは自分ではできず、ニュートンに助けを請う。1684年にハレーはニュートンに会う。ハレーは、太陽の引力が距離の 2 乗に反比例すると仮定すると、惑星の運動はどんな曲線になるかと尋ねると、ニュートンはすぐに楕円と答えた。既に計算した事があると答えたが、資料が見つからず、もう一度計算して論文にする事に同意した。その結果できたのが、『プリンキピア』。

 この部分を読んでみると、引力の逆 2 乗則は、ニュートンが論文にするまでは明確ではなかったが、トップクラスの科学者の間では、予測されていた事がわかる。なお、逆 2 乗則の創案者がどちらかという事で、ニュートンとフックが論争している。

金星の太陽面通過観測
 エドモンド・ハレーは金星が太陽の前面を横切る様子を地上の複数個所から観測すれば太陽までの距離を知る事ができるという提案を行なっており、ハレーの死後 20 年近く経った 1761年に試みられた。史上初めて、科学界が国境を越えた協力体制で臨んだ試みだった。約百ヶ所に観測隊を派遣した。シベリア、中国、南アフリカ、インドネシア等。しかし、観測者の多くが戦争、病気、難破などの不意打ちを食らった。結局、1761年の観測は失敗に終わった。天文学者でないクック船長が 8年後の 1769年のチャンスにタヒチ島からの観測に成功。クック船長の帰国後、フランスの天文学者ラランドが他のデータも使って太陽と地球の平均距離を 1億5000万km とはじいた。

地球の質量の計測
 イギリス ヨークシャー州の田舎に住む牧師ジョン・ミッチェル(1724–1793) は、200年も先駆けてブラックホールの存在を予見したり、ウィリアム・ハーシェルに望遠鏡の作り方を指導したりしているが、最も重要な功績は、万有引力定数を計測し地球の質量を知るための装置(捻り秤)を設計・製作した事だろう。彼は計測が実現する前になくなったが、ヘンリー・キャベンディッシュに引き継がれた。
 キャベンディッシュ(1731~1810年)は豊かな財産に恵まれ、孤独を好む正確性格だった。自宅を大きな実験室に改造し、物理学のあらゆる分野の実験をしている。秘密主義という点で、ニュートンと肩を並べる以上であったらしい。彼の業績は、大半が 19世紀後半まで知られずに放置された。別の人が彼の論文の編集に手を付けて初めて世に出たが、既に大半が他の発見者の功績とされていた。彼は、1797年にミッチェルから引き継いだねじり秤を組み上げ、1年近く掛かって、地球の質量を割り出した。現在の値との差は何と 1% 以下である。

プランクとギブズ
 マックス・プランク(1858~1947年)は当初、エントロピーの研究に打ち込んだ。研究の成果を得たが、1891年、エントロピーに関する重要な研究が達成済みである事を知って、失望する。それを達成していたのは、エール大学元教授のギブズ(1839~1903年)。ギブズは1875年~78年にかけて「不均一物質の平衡について」というタイトルの一連の論文を発表。これは”熱力学の原理”と呼ばれてきた。唯、ギブズはあまり名前を知られていない「コネチカット芸術科学アカデミー紀要」に発表したため、プランクはギブズの名前さえ知らなかった。そして、研究の分野を変更した。なお、プランクの人生には不運な出来事が多かった。

スライファー、レヴィット、エドウィン・ハッブル
 アインシュタインが自分の理論に宇宙定数を付け加えた頃、アリゾナ州のローウェル天文台でスライファーという天文学者が、遠くの恒星の分光観測を行ない、星が我々から遠ざかっているらしい事を発見した。ローウェル天文台はローウェルの火星の運河に対する執着のせいで奇異な目で見られていた事もあったのか、殆ど誰にも注目されなかった。スライファーはアインシュタインの一般相対性理論を知らず、世界もスライファーに気付かなかった。
 ハッブル(1889~1953年) は、シカゴ大学で物理学と天文学を専攻した。当時の学部長は、マイケルソンだった。30歳の時、ロサンゼルス近郊にあるウイルソン山天文台で職に就いた。当時は、遠くの銀河までの距離を知る方法がなかったが、ハッブルにとって幸いだった事に、ヘンリエッタ・スワン・レヴィットという女性が、標準光源を得る方法を見出した直後だった。彼女は、ケフェウス型変光星の相対的な光度を比較すれば、互いの相対位置関係を知る事ができることに気付いた。ケフェウス型変光星が脈動するのは、現在では、恒星が年老いて赤色巨星になったからと判っている。
 ハッブルは、スライファーの赤方偏移とレヴィットの物差しを組み合わせて、遠くの銀河ほど速い速度で遠ざかっている事を明らかにした。しかし、彼はアインシュタインの一般相対性理論を殆ど知らず、膨張宇宙論を構築する機会を逃した。
 ベルギーの天文学者ルメートルが膨張宇宙論を打ち立てたが、当時の評価は低く、ペンジアスとウィルソンが宇宙背景放射を発見してから、状況が変わって来た。

イエローストーン国立公園
 1960年代、イエローストーン国立公園の火山活動の歴史を研究していた米国地質調査局のボブ・クリスチャンセンは、公園に火山が見つからない事に疑問を抱き始めた。イエローストーン国立公園には沢山の間欠泉や蒸気の噴出孔がある。その頃、NASA が新しい高高度カメラを試験する目的でイエローストーンの写真を撮影した。その中の幾つかの写真が国立公園に提供された。クリスチャンセンは、写真を見てすぐに、カルデラ地形を確認できなかった訳を知った。イエローストーン国立公園全体がカルデラだった。直径 70km 程度。
 その後の調査で、イエローストーンの真下に特大のホットスポットが存在する事が判った。つまり、巨大なマグマ溜りの上に、イエローストーンが乗っている。イエローストーンは、1650万年前の噴火以来、約100 回爆発している。平均で60万年に 1 回大規模な爆発をしている。前回の爆発は 63万年前。その時の規模は、セントへレンズ山の噴火規模(1980年)を 1000倍上回った。

世界人口を数千人規模まで減らしたスマトラ北部のトバ火山噴火
 一番最近の超火山の噴火は、7万4000年前、スマトラ北部のトバ火山で起きた。グリーンランドの氷床コアは、トバ火山の噴火後、6年以上も「火山の冬」が続いた事を示している。この超火山により、世界の人口が数千人まで減少し、人類を絶滅寸前にまで追いやった可能性があると言われている。この事は、私のブログのここにも記されている。トバ火山の衛星写真を以下に示す。噴火により、大きなカルデラ湖(トバ湖)ができている。
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by utashima | 2006-07-08 17:06 | 読書 | Trackback | Comments(2)