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『オイラー入門』 (W. ダンハム著) 2700円

 数ヶ月前に書評で知って是非読みたいと思っていた 『オイラー入門』 を読んだ。レオンハルト・オイラー (Leonhard Euler) は、スイスのバーゼルの近くで 1707年に生まれ、1783年にロシアのサンクト・ペテルブルグ (旧称:レニングラード) で亡くなった。オイラーという名前で思い出すのは、
   exp(i x)=cos(x) + i sin(x)
というオイラーの公式と、オイラーの定数 γ である。これら以外に、オイラーはどのような業績を残したのであろうか。

[1]バーゼル問題
 オイラーが数学者として注目されるようになったきっかけは、以下の「バーゼル問題」を解決した事である。これは 1644年にピエトロ・メンゴリが提起していたが、1735年にオイラーが解いた。
   ∑1 / k^2 = 1 + 1/4 + 1/9 + 1/16 + ・・・・ = π^2 / 6
             π : 円周率
 この無限級数の分母の指数を p としたものは、p 級数と呼ばれており、オイラーは P=2 だけでなく、他の偶数の場合の結果も与えている。しかし、p が奇数の場合は、現在も求められていない。

[2]完全数
 数論の分野で 「完全数」 というものがある。その真の約数の和がその数自身に等しい数である。真の約数とは、その数自身は含まない。例えば、6 の真の約数は、1, 2, 3 であり、その和は 6 になる。完全数については、ユークリッドが 2300 年前に以下の定理を証明している。

[ユークリッドの完全数の定理]
 2^k-1 が素数であれば、2^(k-1)×(2^k-1) は完全数である。

2^k-1 の形の素数は、メルセンヌ素数と呼ばれている。オイラーは、偶数の完全数に限れば、上記のユークリッドの定理 (十分条件) は、必要条件でもある事を証明した。なお、現在まで、奇数の完全数は見つかってない。存在するかどうかも示されていない。これは、数論で最も有名な未解決問題の1つであるとの事。完全数が無限に存在するかどうかも知られていない。

[3]オイラー定数
 オイラーは対数を好んで用いた。対数表はオイラーの生まれる 100 年前に作られていた。対数は数値計算を簡単にするために考案されたが、オイラーは対数を指数関数の逆関数として捉えた。そして、e を見つけて、自然対数を考えた。オイラーは、調和級数 (自然数の逆数の無限個の和) にも引き付けられ、調和級数と対数が奇妙な関係を持っている事に注目し、以下のオイラー定数 γ を見つけた。
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 なお、オイラー定数が有理数か無理数かは、現在でも未解決な問題だと言う。

[4]複素数
 この本の第5章に、複素数が出現した背景が述べられている。私も、x^2 + 1 = 0 という方程式の解を表わすために、虚数単位 i が導入されたと思っていた。学校でも、そのように教えられた。ところが、実際には、3次方程式の実根 (虚根ではない) を求める時に必要になったのだった。 3次方程式の2次項を消す変換を施したものを、簡約3次方程式というが、フェッロにより、その根を表わす公式が見つけられていた。しかし、x^3 - 6x - 4 = 0 という簡約3次方程式にその公式を適用すると、sqrt(-1) が現れる。この3次方程式は3つの実根を持つ事が、グラフを描いて見れば判る。これはどういう事なのか、というのが、オイラーが登場する前の状態であった。

 オイラーは、
   exp(i x)=cos(x) + i sin(x)
という公式を見つけたり、負数の対数が複素数になる事や複素数の対数も複素数で表される事などを示し、その後の複素数の世界の土台を築いた。

[5]幾何学
 第7章に、オイラーによるヘロンの公式(三角形の3辺の長さを使って面積を求める式)の証明が書かれている。ヘロン自身による証明は複雑なものだったようであるが、オイラーの証明は相似関係を用いた幾何学的なもので比較的簡明であった。最も簡単な証明法は、内接円の他に三角法を用いるものである。更に、オイラーは、1767年の論文で、三角形の垂心、重心、外心が一直線上に並ぶ事を示している。オイラー以前の幾何学者たちは見落としていた。この3点を通る直線は、三角形のオイラー線と呼ばれている。

 第7章の最後に、2つの奇妙な定理が記載されている。9点円モーリーの定理。9点円は 1821 年にポンスレとブリアンションによって見つけられ、モーリーの定理は 1899 年にアメリカの数学者モーリーによって発表された。9点円の中心はオイラー線の上に存在している。

 9点円とモーリーの定理の所でリンクさせて頂いたサイトの親サイトを見ると、幾何学を楽しむためのツール GC/Java などが公開されている。9点円とモーリーの定理をこのブログの中で説明するのが手間なので、どこかのサイトに載っていないかなと探して見つかったのが、このサイト。予想外の収穫があった。

[6]組合せ論
 オイラーは、1779 年に「組合せ論の学理における1つの奇妙な問題」という論文を発表している。その中で、n 個の文字 a, b, c, .... の配列があった時、全ての文字が元の配列の場所に一致しない再配列の方法は何通りあるか、という問題を扱っている。この場合の数を Π(n) で表わした。そして、その漸化式を求めただけでなく、直接 Π(n) を求める式も明らかにした。それは、次式で表される。
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このような再配列法は、撹乱順列と呼ばれている。再配列が撹乱順列となる確率の極限値は以下のようになる。組合せ論の問題に e が現れる奇妙な結果である。なお、この極限値の収束は非常に速い。
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オイラーは、これらの式を、多項式の掛け算を利用して導いている。
by utashima | 2005-08-28 23:56 | 読書 | Trackback | Comments(0)

Eye Ball 衛星の trajectory 最適制御(2)  1997年

 Eye Ball 衛星の、待機軌道から母衛星への移行軌道の最適化を、連続推力を使う最短時間問題として解く事にした。最小原理による定式化を使用した。運動方程式は、線形化された相対運動方程式 (Hill の方程式) を使った。状態量の初期値と終端値は完全に指定した。

 最小原理で解くには、ハミルトニアン H と随伴ベクトル λ を導入する。ハミルトニアンを使って、随伴ベクトルが満たすべき随伴微分方程式を定義する。一般には、随伴微分方程式は解析的には解けないが、今の問題では、運動方程式が線型であるため、簡単に解析的に解く事ができる。勿論、随伴ベクトルの次元数だけの積分定数は未知である。更に、移行に要する時間(移行時間)も未知数である。状態量の終端値が全て指定されているため、 λ の終端値は自由である。ハミルトニアンは終端値が -1 という条件を満たす必要がある。結局、随伴ベクトルの積分定数と移行時間を、状態量の終端条件とハミルトニアンの終端条件を満たすように求める問題となる。その際、運動方程式を数値積分するが、最適な推力加速度の方向は、速度に対する随伴ベクトルの逆方向であり、最適な加速度の大きさは許容される最大値である事が最小原理から導かれる。なお、随伴微分方程式は斉次の線型方程式であるため、解の定数倍も解となっている。よって、随伴ベクトルの積分定数の一つの値を 1 等に固定し、ハミルトニアンの終端条件は使わずに解く事ができる。

 この問題では、Eye Ball 衛星は母衛星と同じ軌道面内を運動する場合に限ったので、2次元の問題とした。速度に対する随伴ベクトル λv が最も重要な働きをする。それを以下に示す。c0, c1, c2, ε が未知の積分定数である。n は母衛星の平均運動である。
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c0011875_21324093.jpgλv の運動は、第1項の楕円に沿った右回りの運動と、第2項のλ5軸方向(図4.2 参照)の等速直線運動が合わさったものである。更に、初期時刻 t0 及び終端時刻 tf 付近の λv の方向は、『Eye Ball 衛星の trajectory 最適制御(1)』の図3.2 に描いた2つの ΔV 方向の逆方向に近いと考えられるので、この場合の λv の動きは図4.2 のように見積もる事ができる。c2=1 として、図4.2 を利用すると、c0, c1, ε の妥当な初期値を設定する事ができる。この初期値を使い、微分修正法を適用すると、5 回の iteration で解を得る事ができた。図4.6 が trajectory を、図4.8 が推力方向を示す。図4.8 より、移行の中間で大きな推力方向変化が必要である事が判る。

c0011875_22175319.jpgc0011875_22182226.jpg

 これらは、以下の資料にまとめた。 
歌島, "Eye Ball 衛星の最適制御(その1)," GAA-97013, 1997年11月.

*** Eye Ball 衛星の trajectory 最適制御(3) に続く・・・。 ***
by utashima | 2005-08-27 14:03 | 宇宙機の軌道設計/ 解析 | Trackback | Comments(0)

[10] 不愉快なサイトからのトラックバックの拒否設定

 数日前から私のブログの複数の記事に、不愉快なサイトからのトラックバックが行なわれた。1度だけならば、そのトラックバックを削除するだけで済ませる積りだったが、その後、数個の同じサイトからと思われるトラックバックがあった。そのサイトからのトラックバックを拒否する設定をしたいと思った。

 どのブログ・サイトにも用意されていると思うが、エキサイト・ブログにも「ID・URL の拒否設定」という設定箇所がある。そこを見ると、

 1.ID による拒否設定は、コメントの拒否のみ可能です。
 2.URL による拒否設定は、コメントとトラックバックの両方の拒否が可能です。

とある。トラックバックの拒否設定は、拒否したい URL を設定するようだ。次に、トラックバックされた不愉快なサイトの URL を調べる事になる。そのサイトを表示した時の URL が、通常のアドレスとは違っていて、大手の IT 会社のサイトを経由しているような表示であった。URL の中に、数字や % 等の文字列も沢山含まれている。これを拒否設定に書き込んでも、直ぐに別の数字のサイトからトラックバックされると思われた。その悪意あるサイトのアドレスに含まれている重要と思われる文字列だけを拒否設定の欄に書き込んだ。つまり、完全な URL でなく、その一部の文字列を書き込んだ。操作上は問題なかったが、これで本当にそのサイトからのトラックバックを拒否できるか、まだ確信はない。
by utashima | 2005-08-20 17:59 | ブログ作成の経過 | Trackback | Comments(2)

Eye Ball 衛星の trajectory 最適制御(1)  1997年

c0011875_11471396.jpg 1997年から1998年にかけて、Eye Ball 衛星の trajectory の最適制御の検討を行なった。当時、NASA の New Millennium 計画に触発されて、先進的な小型宇宙機のシリーズを開発しようと言う構想が社内にあった。私は『小型宇宙機によるフォボス探査計画』を提案したが、『Eye Ball 衛星』は野田篤司氏の提案であった。Eye Ball 衛星は母衛星(通常のミッションの衛星)のどこかの面に取り付けて打ち上げられ、母衛星に異常が発生した時に、地上からの司令により母衛星から分離されて、母衛星の状態をカメラで撮影しデータを地上に送る役割を持っている。

 同じ頃、NASA の Johnson Space Center でも似たような検討を進めていた。Autonomous Extravehicular Robotic Camera (AERCam) Sprint である。 Sprint は、1997年12月3日に STS-87 の2回目の EVA の時に、Winston Scott 宇宙飛行士により、試験飛行が行なわれている。右の写真がその時のものである。シャトルの尾翼とマニュピュレータの一部も見えている。直径は 14inch(約36cm) である。


c0011875_13152099.jpg さて、本題に戻るが、私は先ず、Eye Ball 衛星の基本的な trajectory を考えた。母衛星に異常が発生すると、分離されたEye Ball 衛星は、最初に図2.1のような待機軌道に入ると考えた。待機軌道からのカメラ撮影により異常個所の候補が見つかれば、次にその場所まで移動して詳細な画像データを取得し地上に送る。このような運用構想を基にして、待機軌道上の任意の点から母衛星まで移動して相対静止する trajectory の制御を検討する事にした。相対静止する点は、大きさのある母衛星のどこかであるが、この検討では簡単のために図2.1の原点(母衛星の中心)に相対静止する事とした。

 Eye Ball 衛星は、小型・軽量のために静止軌道上のデータ中継衛星とのリンクを持たない計画であるため、地上局がモニターできる時間は軌道1周の内の約10分に限られる。そこで、待機軌道から母衛星への移動に割り当てられる時間を片道で3.5分=210 秒と設定した。Eye Ball 衛星の質量は 4kg、推進系の推力は 1mN と設定されていた。

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 初めに Hill の方程式を使い、2インパルス近似でこの軌道遷移を検討した。210 秒での移行では、2つの ΔV は共に約0.5m/s となった。上記の質量と推力では、この2つの制御に要する時間が約3800秒となり、210秒での移行は不可能である事が判った。移行期間を 1000 秒としてみた。2つの ΔV は、0.1m/s 前後となり、それに要する時間は約 730 秒であった。この時の trajectory を図3.2 に示す。なお、母衛星の軌道高度は500km としている。ここまでの検討から、Eye Ball 衛星の推進系では、インパルス的でなく、連続的に推力を発生させて移行するのが妥当と考えた。よって、次に、最小原理による定式化を使って、この移行の最短時間問題の解を得る事にした。もし、簡単に且つ安定的に最適制御の解(基準軌道)を得る事ができれば、このアルゴリズムを Eye Ball 衛星に搭載する事も考えられる。計算量が多いとか、いつも収束するとは限らない等の性質があれば、そのまま搭載する事はできないが、少なくとも、搭載アルゴリズムの出力が最適解からどの程度のずれに収まっているかを知る事ができよう。

 ここまでの事は、以下の資料にまとめた。
歌島, "Eye Ball衛星の運動粗解析," GAS-97003, 1997年1月.
歌島, "Eye Ball 衛星の最適制御(その1)," GAA-97013, 1997年11月.

 *** Eye Ball 衛星の trajectory 最適制御(2) に続く。***
by utashima | 2005-08-20 17:47 | 宇宙機の軌道設計/ 解析 | Trackback | Comments(0)

H2 ロケット 1 機による火星サンプル・リターン構想  1996年

 1996年8月、David S. McKay らによる「火星由来の隕石中に生命の痕跡を発見」というニュースが世界を駆け巡った。当時アメリカは Mars Surveyor Program を推進しており、火星探査、特に火星からのサンプル・リターンが注目された。この頃のアメリカの火星探査では、1996年11月に Mars Global Surveyor の、12月に Mars Pathfinder の打上げが予定されていた。 (実際に予定通り打ち上げられ、共に大成功を収めた。MGS は現在も観測を続けている。) その後も、26ヶ月毎の火星への飛行チャンスの度に2 機の探査機を送り込む事を計画していた。これら一連の計画の締め括りが、2005年を想定した火星サンプル・リターンであった。David S. McKay らの発見により、火星サンプル・リターンが2003年に早められるかも知れないといった情報もあった。しかし、Mars '98 mission の2 機の探査機 (Mars Climate Orbiter, Mars Polar Lander) が共に失敗し、Mars Surveyor Program はその時点で終了となり、2000年に新しい計画 Mars Exploration Program が発表された。現在の NASA の火星探査はこの計画に基づいて実施されており、2011年頃に火星サンプル・リターンを計画している。

 1995年に、NASDA でも火星探査の技術検討を行なった以下の報告書を発行している。
『月・火星探査段階の技術検討』, 宇宙開発事業団技術報告 NASDA-TMR-950001, 1995年2月.
この報告書の火星サンプル・リターン計画は、火星遷移軌道に9.6トンを乗せると言う大型のものであった。H2 ロケットだけを使うと(上段ステージを追加しないという意味)、火星遷移軌道に投入できる質量は約2トンである。上記の報告書の計画は、H2 ロケットで低高度に打ち上げた9.6トンの火星探査機を、H2 ロケットの約2倍の能力の大型ロケットで打ち上げた OTV (軌道間輸送機) で火星遷移軌道に投入するものであった。
                    以下、本題


 1996年頃、NASA の New Millennium 計画に触発されて、NASDA でも超小型宇宙機の研究が行なわれていた。私は、近い将来に可能になるであろうこのような小型化技術を使う事で、H2 ロケット1機での火星サンプル・リターンが可能になるのか、可能とするためには、どの程度の軽量化が必要なのかを調べてみた。

 火星への往復では、以下の4通りの方法が考えられる。/ の前は火星への降り方を表わし、/ の後は火星からの帰還方法を表わしている。
 (1) OE / MOR (Out-of-Orbit Entry / Mars Orbit Rendezvous)
 (2) OE / DR  (Out-of-Orbit Entry / Direct Return)
 (3) DE / MOR (Direct Entry      / Mars Orbit Rendezvous)
 (4) DE / DR  (Direct Entry      / Direct Return)

OE はいったん火星周回軌道に乗った後、deoebit して火星に下りる方法であり、DE は Mars Pathfinder 以降の火星着陸ミッションが採用しているように、火星への遷移軌道から直接火星表面に降りる方法である。MOR は帰還時に火星周回軌道上で待機していた宇宙機とドッキングしてから、又はサンプルをその宇宙機に引き渡してから地球に向う方法であり、DR は火星表面から打ち上げられた帰還宇宙機がそのまま地球に帰って来る方法である。

 その他の選択肢としては、帰りの推進剤 (酸化剤) を火星の大気を利用して現地調達するかどうか、というものがある。火星大気は二酸化炭素 (CO2) が主成分なので、これから酸素を取り出して利用する。これは、In-Situ Propellant Production (ISPP) と呼ばれている。1996年当時、NASA では ISPP の研究が既に始まっていた。そして、これを使用するかどうかは、2002年6月までに決断するとしていた。

 私は、OE / MOR の方式を採用した。理由は、以下の通り。ISPP は使用しない事にした。
(1) DE は着地点選択の自由度が小さい。
(2) Direct Return は、ISPP を用いない場合、火星重力圏脱出用燃料までも火星表面に下ろして再び火星周回軌道まで上げる事になり、損失が大きい。但し、MOR は火星周回軌道での自律的なランデブ、サンプル受け渡しという高度な技術が必要となる。
(3) OE / MOR には、将来、複数のランダーを異なる地点に降下させ、それらが採取したサンプルを1機の帰還機で地球に持ち帰る事が可能になるという利点がある。
 
 OE / MOR を採用する事で地球出発から帰還までのシーケンスは殆ど決まった。なお、火星周回軌道に入る時は、今まで米国も実績はないが AeroCapture + AeroBraking を使用するとした。火星着陸機には、火星打上げ機とローバが付いている。以下に、幾つかのフェーズのポンチ絵を掲げる。
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 以下に全フェーズの質量変化図を掲げる。
MOV : Mars Orbiting Vehicle (図2.4の左の宇宙機の外枠部)
MAV : Mars Ascent Vehicle
MLV : Mars Landing Vehicle (MAV と Rover が搭載されている)
MES : Mars Entry System (MLV をすっぽり覆う aeroshell 部と火星周回軌道から deorbit するための推進系とから成る)
ERV : Earth Return Vehicle (図2.4の左の宇宙機の中央部、これが地球に向う。)
REC : Re-Entry Capsule (地球大気に突入するカプセル、20kg。1kgのサンプルを持ち帰る。)
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 火星遷移軌道上の初期質量が約900kg となった。推進剤のマージンを20%入れて、約1100kg がこの検討の結論である。

 1996年の JPL サイトから得た情報では、米国は火星サンプル・リターンの方式として、DE / DR を考えていた。火星遷移軌道に投入すべき質量は、ISPP を使用しない方式では1490kg, 使用する方式では 940kg と見積もっていた。2011年を想定した計画がどんなものか、楽しみである。

 この検討は、以下の資料にまとめた。
歌島, "H2 ロケット 1機による火星サンプル・リターン計画," GAS-96047, 1996年11月.
by utashima | 2005-08-14 12:33 | 宇宙機の軌道設計/ 解析 | Trackback | Comments(7)

我が家に FAX 開通 !

 数日前に筑波に激しい雷雨があり、数分間の停電があった。家に帰ってみると、電話の留守録機能が故障していた。通話に支障はなかったが、新築時に設置してから10年経っている事、Fax が付いていない事のため、買い換える事にした。

 先ず、インターネットで Fax が付いているだけの安い機種を探した。ほぼ機種が決まりかけた頃、家内が「ドアフォンも繋がるものでないとダメよ」と言う。ドアフォンの事は頭になかった。我が家にも大抵の家庭と同様に2つのドアフォンがある。門柱に取り付けられたものと玄関ドアの横に取り付けられたもの。これらのドアフォンとの接続はどうなっているのか、と考えていて、10年前を次第に思い出して来た。ドアフォン・アダプタという10センチ四方の薄い装置が、ドアフォンと電話機とを繋いでいる。通話できると言う事は、ドアフォン・アダプタも正常と言う事。

 既設のドアフォン・アダプタを使うとなると、電話機のメーカーは今までの電話機と同じメーカーにしなければならない。我が家では Panasonic を使っている。機種選定をやり直し、2つの子機と Fax が使える機種を選択した。
 次に問題になったのは、電話機の設置場所。今までは壁に掛けて使っていた。今回、Fax の付いた機種となると、壁掛けはできない。今まで掛けていた壁の下には、背の低い小物入れタンスが置いてある。その上に置こうと考えた。ここまでの検討の後、近所の大型家電販売店に行き、Fax 電話機を購入して来た。

 古い電話機を取り外し、新しい電話機を小物入れタンスの上に置き、壁の穴から出ている電話線コード(6極6芯)を更に取り出そうとして困った事になっているのに気付いた。この電話線コードは、壁の向こうに設置しているドアフォン・アダプタから伸びている。しかし、10センチ余り足りない。次男が電話線の延長コードが販売されている事を思い出し、すぐに電気店で買って来た。その電話線延長コードを繋ぐと、新しい電話が使えるようになった。ホッと一息ついた。
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 しかし、確認のためにドアフォンを押してみたが、反応がない。電話機の取扱説明書を読み返したが判らない。次男が気付いた。ドアフォン・アダプタからの電話線コードは6極6芯でなければならないと書いてあった。次男が電気店から買って来たのは、6極4芯であった。今度は私が電気店に行き、6極6芯の延長電話線コードを探した。ところが、見当たらない。店の人に聞くと、メーカーから取り寄せる事はできるが、普通は販売していないと言う。ドアフォン・アダプタからの電話線コードはメーカー毎に独自の仕様であり、Panasonic の場合、2メートルの長さのものが、ドアフォン・アダプタに付属している。店員の話では、延長しても通信できるかどうか判らないという。よって、電話線コードの延長は諦めた。

 小物入れタンスの上に、1辺が40センチ程度の立方体形状の本箱を置き、その上に電話機を置いて、ドアフォン・アダプタからの電話線コードを繋げる事にした。そして、次男と一緒に、家具店と日曜大工店を回って適当な家具がないかと探した。3000円~7000円程度のものが2つほど候補に上がった。次男が携帯電話のカメラでそれらを撮影し、帰ってからみんなで写真を見て検討した。結局、日曜大工の得意なお祖父さんに自作して貰う事になった。

 右の写真が、完成した状態である。画面左上の壁に付いている黒い物体が、古い電話機を支えていたものであり、そこからドアフォン・アダプタからの電話線コードが出ている。壁の穴を塞ぐためにそのまま利用している。

 最後まで解決を延ばしていた事がある。ドアフォン・アダプタはどこにあるかという事。10年前に入居した時、壁の向こうの部屋の押入れの側壁にそれらしい装置を見たような気がした。その部屋はお祖母さんが使っており、押入れの中を見せて貰った。上下の押入れと天袋の側壁を見たが見つからない。家の間取り図も、お祖母さんの部屋の押入れに付いている事を示している。住宅メーカーに電話して質問すると、床下や天板の上などに設置する事はないとの事。再度、お祖母さんの押入れを調べさせて貰い、天袋の側壁にその装置を見つけた。1回目に何故見つからなかったのかと疑問に思ったほど。将来、ドアフォン・アダプタからの電話線コードが切れたりしたら、私達では交換は困難であろうと思った。電気屋さんに工事をお願いする事になろう。
by utashima | 2005-08-11 21:00 | イベント | Trackback | Comments(7)

[9]忍者ツールズの異常動作

 このブログでは、忍者ツールズのアクセス・カウンターを導入している。今日2005年8月4日の昼前後に、カウンターがゼロにリセットされる現象が発生したが、午後3時頃には復旧していた。忍者ツールズのサイトでも、その異常が記載されている。

 しかし、今日の夕方6時過ぎに忍者ツールズにアクセスすると、H系サイトに繋がったり、怪しげなファイルのダウンロード・ウインドウが開くようになった。忍者ツールズのサイトが何らかの攻撃を受けたのではないかと思っていたが、Google で見つけた忍者ツールズ・サイト(いつもアクセスしていたアドレスと少し異なっている)を見ると、現在は内部メンテナンス中との事。忍者ツールズのサイトが復旧するまでは、アクセス・カウンターのリンク先をダミーに変更しておく。

 2005年8月4日午後8時40分頃、他の人のブログを見ていて、忍者ツールズのカウンターが表示されていたので、私のブログも元に戻してみた。カウンター表示は正常になった。が、忍者ツールズの「管理部屋への入室」はまだできない状態である。明朝に復旧する予定のようだ。

 2005年8月4日の夜遅く、忍者ツールズの私の利用させて貰っている機能は全て復旧したようだ。お疲れ様です。
by utashima | 2005-08-04 18:47 | ブログ作成の経過 | Trackback | Comments(0)

ESA の 『ドンキホーテ計画』

 2005年8月3日の TPS/Jメール の PS コラム第1回記事に、ESA のドンキホーテ計画の紹介が書かれていた。

 2005年7月4日に NASA はテンペル第一彗星に370kgの Impactor を相対速度10km/sで衝突させて彗星の内部を観測する壮大な衝突実験を行なった。探査機の母機は衝突直後にテンペル第一彗星をフライバイして衝突の直前直後の光学観測を行なっている。母機がこの彗星の周りを回る軌道に入る事ができれば、近くから衝突後の彗星の状態を更に詳細に観測できた筈である。しかし、母機も Impactor と同じ相対速度で彗星に接近していたため、10km/sだけの軌道修正を行なう事ができなかった。

 一方、ドンキホーテ計画は、彗星でなく小惑星に Impactor (ヒダルゴ) を衝突させる計画である。衝突実験を観測する探査機 (サンチョ) は、衝突の約6ヶ月前にその小惑星周りの周回軌道に入り、地震計などを搭載したペネトレータを数機、小惑星に打ち込み、衝突実験に備える。更に衝突後も数ヶ月間は小惑星周回軌道から詳細な観測を行なう計画である。衝突の相対速度は、Deep Impact と同じ 10km/s 程度を計画している。Deep Impact 計画を更に発展させたものになっている。

 サンチョ探査機を小惑星の周回軌道に投入するためには、小惑星との相対速度はできるだけ小さくする必要があるが、一方のヒダルゴ Impactor の方は、10km/s という大きな相対速度を持たせる必要がある。探査機と Impactor を別々のロケットで打ち上げれば、これらの実現は容易であるが、コストが掛かる。ドンキホーテ計画では、ソユーズ・ロケット1機で、探査機と Impactor の両方を同時に打ち上げるための工夫をしている。

 サンチョ探査機とヒダルゴ Impactor は、地球の作用圏を出発する時に、大きく異なる速度ベクトルを持たねばならない。これを実現するため、ターゲットの小惑星に向って地球を出発する半年前に、探査機と Impactor のセットを打ち上げ、黄道傾斜角を大きくした太陽中心軌道に投入する。そして、半年後に、探査機と Impactor は、異なる条件で地球と swingby を行ない、それぞれの目的に適した軌道に乗る。探査機と Impactor は、打上げ時にロケットから同じ軌道エネルギーを与えられるが、半年後の地球 swingby 時の条件を僅かに変える事で、それぞれ異なる軌道に乗る事ができる。巧い方法を考えたものである。『ドンキホーテ計画のホームページ』に、軌道計画の movie も用意されている。以下の軌道図は、上記のホームページから download できる executive summary に載っているものである。Impactor は金星 swingby を利用した場合になっているが、火星 swingby を利用した場合も検討されている。
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 サンチョ探査機は、seismic sources (SS) という small explosive devices も持っており、地震計を搭載した複数のペネトレータは、ヒダルゴの衝突だけでなく、small explosive devices による地震波も観測して、小惑星の内部構造を探査する。但し、上記のホームページでは、small explosive devices の詳細は判らなかった。恐らく、サンチョ探査機から分離して小惑星に衝突させ爆発させるものであろう。このミッションは、地球に衝突する恐れのある小惑星の軌道をそらすための調査という目的も持っているようだ。
by utashima | 2005-08-04 01:10 | 宇宙開発トピックス | Trackback(1) | Comments(2)