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フォボス・ペネトレータの軌道運動解析  1996年

 本ブログの『小型宇宙機によるフォボス探査計画 1996年』に、「トランスポンダも搭載したペネトレータをフォボスに数個打ち込む。・・・」と書いた。このフォボス探査計画を作成した後、フォボスへのペネトレータの打ち込みを解析した。このペネトレータの目的は2つあり、フォボス内部の探査とトランスポンダの設置である。フォボス周りの擬周回軌道は、極域の観測を狙って相対傾斜角を大きくするが、すると不安定領域に接近するため、高い航法精度が必要となる。フォボスに打ち込まれたトランスポンダと宇宙機との間で電波による軌道計測を行ない、航法精度を高めようと考えた。

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 本解析では、フォボス重力を無視した線型相対運動モデル(宇宙機のランデブのターミナル・フェーズ等でしばしば使用されるHill の方程式)を使用した。フォボス擬周回軌道を飛行する探査機からペネトレータを分離し、直後にインパルス的な速度増分を与えて、フォボス中心に向かわせる。与える速度増分、フォボスまでの飛行時間、衝突時の速度などを検討すると共に、初期増速度の誤差の影響なども検討した。図3.1 にフォボス固定座標系を示す。本解析では、ξ-η 面内の探査機軌道から同面内にペネトレータを発射する。

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  図3.2 に、ペネトレータを分離する前の探査機の擬周回軌道を示す。探査機から分離してΔV を付加した後、フォボス表面に垂直に衝突する解を得たい訳であるが、ここではフォボス中心に達する解で近似する。

 フォボス中心に達した時の速度の条件を考える。月ペネトレータを打ち込む宇宙研のルナーAミッションでは、月衝突時の最大速度として約300m/s を想定していた。フォボスへのペネトレータも同程度の速度でぶつかる必要があると考えて、フォボス衝突時の速度の大きさを300m/s と規定した。

 始めに、フォボス中心に達する時刻(飛行時間) tc を横軸に取り、ペネトレータ分離時の M0 をパラメータとして、フォボス衝突時の速度の大きさ Vc のグラフを描く。 M0 (図3.2 のM の事) に対する対称性から、0度~90度の範囲を検討するのみで良い。図3.3 に結果を示した。この図から、300m/sでフォボス中心に達するための飛行時間 tc は、約165秒(M0 =0度)~約342秒 (M0 =90度)の範囲である事が分かる。
 次に、飛行時間 tc を横軸に取り、ペネトレータ分離時の M0 をパラメータとして、ペネトレータ分離直後の速度増分 ΔV のグラフを図3.4 に描いた。

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 図3.3 と 3.4 を比較すると、初期増速量(≒ペネトレータの初速。フォボス固定座標系における探査機本体の速度は小さいため。)ほぼそのままの速度でフォボスに衝突する事が判る。以上の検討で、飛行時間 tc がフォボス軌道の周期 7.66 時間に比べて十分小さい事が分かった。
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 図3.5 に M0= 90度、 tc =342秒の場合のペネトレータの軌跡を示す。僅かにカーブしている。分離直後の増速からフォボス中心到着までの間の速度は、ほぼ一定と見なせる。

ペネトレータ飛行の誤差解析
 ペネトレータ分離直後の増速誤差によるフォボス中心到達時の位置・速度の誤差を評価した。フォボス中心到達時の位置・速度の誤差 δX(tc) の共分散行列をCx、分離直後の増速誤差の共分散行列をCΔVとすると、次式でCxを評価できる。
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 ペネトレータの飛行経路は直線に近いので、共分散行列の計算は簡単になり、フォボス中心到達時の位置誤差の標準偏差 σrc、速度誤差の標準偏差 σvc が以下の様に近似できる。
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 M0=90度からのペネトレータ発射が tc 最大であり、フォボス中心到達時の位置誤差 σrc も最も大きくなる。よって、M0=90度で誤差を評価した。フォボス中心での速度=300 m/s の場合、 初期増速量の大きさの誤差 1σ 値をノミナル量の2%、推力方向誤差の 1σ 値を1.1度とすると、σ=σ=300 m/s×0.02 = 6 m/s であり、
  σrc = 2902 m、 σvc= 8.5 m/s
となる。フォボスの平均半径は約11km であり、これらの誤差はペネトレータ実現に向けては、大きな障害ではないと考えられる。

 これらの解析は、以下の資料にまとめた。
歌島, "フォボス・ペネトレータの軌道運動解析," GAS-96026, 1996年7月.
by utashima | 2005-07-30 13:37 | 宇宙機の軌道設計/ 解析 | Trackback | Comments(0)

Mars Reconnaissance Orbiter の光学航法実験

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 NASA は、2005年8月10日からの約3週間の間に、新しい火星探査機 Mars Reconnaissance Orbiter (MRO) を Atlas V ロケットで打ち上げる。右図がそのイメージである。打上げ時の質量は2180kgであり、今までの NASA の火星探査機の約2倍の質量である。

 ちょっと話が逸れるが、今、松浦晋也氏の『恐るべき旅路』を読んでいる。その100頁辺りに、火星探査機「のぞみ」の軽量化のために、宇宙研の中谷教授達が AeroCapture も検討し、必要な航法精度を実現する手法として、火星の衛星のフォボスとダイモスの光学観測も検討していた事が書かれていた。そこまで検討されていたとは知らなかった。

 その時、MRO は将来のミッションに向けて、フォボスとダイモスを光学航法のターゲットとして使用するのではなかったかと思い出し、NASA/JPL のホームページを調べてみた。私の記憶は正しかった。MRO では必要ないが、将来の高精度のランディング・ミッションに備えて実験すると書かれていた。NASA は AeroBraking を Mars Global Surveyor 以後は毎回使って来ており、MRO でも使用するが、AeroCapture はどこの国も実施していない。AeroCapture は、推進系を使わずに火星の大気による減速だけで、火星周回軌道に入る方法である。これを行なうには、高精度の航法が必要になるが、MRO のフォボスとダイモスを使った光学航法実験は、将来の AeroCapture にも貢献するであろう。
by utashima | 2005-07-24 23:03 | 宇宙開発トピックス | Trackback(1) | Comments(0)

ダイソン自伝 『宇宙をかき乱すべきか』 1982年

 この本は、1984年に1度読んでいる。今回、再読したのは、ブログ「マツドサイエンティスト・研究日誌」への西田さんのコメント「小惑星をターゲット(というか足がかり)とする戦略、フリーマン・ダイソンが、その著書、『宇宙をかき乱すべきか』で、まさに述べておりました。かの書では、予算の見積もり、過去の植民事業との比較もなされておりました。」を読んだのがきっかけである。21年前に読んでいたが、内容を全く覚えていなかったので、読み返してみる気になった。なお、標記の本を、インターネットで検索してみると、「絶版または重版未定」となっており、手に入らないようです。ダイソンは1923年生まれ。インターネットで調べると、「フリーマン・ダイソン、宇宙開発計画の継続を訴える」という2005年3月のニュース記事が見つかった。元気で活躍されているようだ。今年82歳。

第2章 ファウストの救い
 ダイソンは、第二次世界大戦の前夜をイギリスのウィンチェスター(ロンドンに首都が移される前のイングランドの中心都市)で10代を過ごした。人間は、何故戦争をするのだろう、どうすれば戦争をしない様にできるのだろう、と考えていた。ただ、考えるだけでなく、周りの人達に、働きかけてもいる。しかし、その働きかけは成功せず、数ヶ月でその行動を止めた。

第3章 少年十字軍
 戦争中は、イギリス軍の戦略爆撃司令部のオペレーションズ・リサーチ部門に所属。ナチスのV2号のロンドン攻撃に対しては、「ナチスが自主的に軍縮をしてくれた」と述べている。コストが掛かるにもかかわらず、戦果が殆どなかったから。

第5~9章
 戦後は米国に移り、コーネル大学やプリンストン高等研究所で活躍。ここでトップレベルの研究者達と交流している。ハンス・ベーテ、オッペンハイマー、ファインマン、シュウィンガー、エドワード・テラー(水爆開発の中心人物)、テッド・テイラー(オリオン計画推進)など。シュウィンガーの論文と同じ事を5年も前に発表していた朝永振一郎博士を高く評価している。

第10章 1970年までに土星へ
 ダイソンはテイラーに誘われて原子力推進のオリオン計画に参加。丁度アポロ計画が立ち上がる前夜。ダイソンは、太陽系全体の航行を夢見ていた。そのためには、原子力推進は必須と考えた。その後、放射線の生物への影響についての文献を調べて、考えを変えている。この自伝を書いている時点では、「私は今では、放射能をもつ破片を、我々のもう一つの宇宙船である地球そのものの乗客の上に振り撒くような宇宙船で飛び回る事は望まない。」と。そして、ソーラーセールの実現に期待を寄せている。

 人類が宇宙旅行を必要とする理由(科学上の事を別にして)として3つを挙げている。
(1)廃棄物処理  産業の工場を宇宙に移転させ、地球を緑の楽園にしておくため。多分、核廃棄物を想定しているのであろう。確かに、今の原子力発電が抱える大きな問題である。
(2)物質的な欠乏から逃れるため
(3)開かれたフロンティアに対する精神的欲求

第11章 清教徒、モルモン教徒、宇宙教徒
 第11章では、清教徒によるプリマス植民(メイフラワー号)、モルモン教徒のユタ州への移動(1847年にモルモン教徒は、ブリガム・ヤングの指導で、ユタ州のソルトレークシティーにある現在の本部に移った。)と比較して、ジェラード・オニール教授の2つの宇宙植民について述べている。一つは、地球-月系L5点への植民であり、もう一つは、小惑星への自営入植である。

 メイフラワー号では1家族の植民コストは年俸の7.5年分であったが、L5植民では1500年分、小惑星自営入植では6年分とはじいている。小惑星自営入植では、小惑星で生きるための環境整備も全て入植者が行なうと言う極めて過酷な前提である。なお、L5植民も小惑星自営入植も、1ポンド当たりの経費は、現在のロケットによる低軌道への投入コストの1/100としている。現在の宇宙太陽発電衛星の検討においても、軌道投入コストを2桁下げる事が前提となっており、この軌道投入コスト問題が将来の宇宙開発の大きな壁となっている事が判る。

第12章 平和への調停
 ダイソンの友人のハンス・ベーテは核実験禁止を推進しており、エドワード・テラーは禁止に強く反対していた。ダイソンも禁止に反対の立場だった。ダイソン達は国防上の理由で核実験を推進すべきと考えていたのではなく、平和利用への道を閉ざしたくなかったからのようだ。特に原子力推進のような宇宙への応用を睨んで。ダイソンは、オリオンの原子力エンジンの開発のために、リバモアで研究するが、その時に平和目的の開発が兵器にも転用され得ることを理解する。その一つの現れが、中性子爆弾らしい。ダイソンは望んでいなかったにも係わらず、彼の研究も中性子爆弾の実現に寄与があった。

 その後、ダイソンはアメリカ国籍を取得し、1962年に米国政府に新しくできた軍備管理軍縮局(ACDA)に夏期職員として勤務する。1945年から1962年までの核実験の回数を調査し、3年毎に2倍に増える指数関数的増大になっている事を知り、核実験禁止が不可欠と考えるようになる。

13章 国防の倫理
 ダイソンは、ヒットラーに対する経験から、非暴力主義は取らない。防衛兵器を整備して自国を守る考え。当時の NATO は、通常兵力ではソ連に劣るため、攻撃された場合は核兵器の先行使用も可としていたが、ダイソンは、通常兵力を増強してでも、核の先制使用は止めるべきと考えていた。ベトナム戦争においても、一部の核使用論を心配し、純粋に軍事的観点からでも核の使用は失敗となるとの報告書を提出している。

 スイスやフィンランドの自国防衛政策を望ましいものと考えている。この章の最後に、彼の夢として書かれている以下の記述が目を引いた。
 「日本人により、安くて効果的な非核対弾道弾システムが初めて世界に示されてから、戦略的攻撃兵器は次第に廃れ、・・・」

第14章 ドーバー・シャープの惨死
 1969年4月、ダイソンは、カリフォルニア大学のサンタ・バーバラ校に派遣講師として来ていた。彼が宿泊していた教授会館の管理人であるドーバー・シャープが、ダンボール箱にセットされた爆発物で死亡する事件が発生している。丁度その頃、テッド・テイラーとダイソンは、核テロを心配していた。彼らは、核テロの脅威を大衆に知らせるべきか否か、迷っていた。熟考の末、テッド・テイラーとウィルリッチは『核盗み--危険と警備』という本を1974年に出版した。現在までのところ、核テロは発生せず、全世界の政府の核拡散に対する認識を変えさせる事ができた。核テロについては、専門家による正確な説明がなされたが、原子炉事故と廃棄物処理に関しては、それに匹敵する客観的な書物がない事を憂いている。

 1976年のプリンストン大学での「公共問題452」という講座において、ひとりの物理学専攻の学生が、プルトニウムさえ手に入れば、本当に簡単に核爆弾を作れるかを確認する作業を行なった。この作業にダイソンは指導を引き受けたが、この学生が短期間の内に、ダイソンの想像を絶するだけの核爆弾製造の情報を集めてしまった。そして、少し後にマスコミがこれを報道した。

 現在(2005年)は、1970年代よりも遥かに大量のテロが発生している。核テロが起きない事を祈るばかりである。

第19章 地球外の生物と文明
 ダイソンは、宇宙の中に地球外の生命が存在する確率を理論的な原理から計算しようとする試みを価値がないと断定する。あくまで観測によって判断しなければならないと。宇宙の文明を、第一型、第二型、第三型の3つに分類する。第一型は惑星全体を支配している文明。第二型は恒星全体を支配している文明。第三型は銀河系全体を支配している文明である。第二型の文明に達している恒星を中心とした文明領域は、ダイソン球と呼ばれている。このアイデアは、実はSF作家のオラフ・ステープルドンの『星をつくる人』という本の中で1945年に見つけたものであると書いている。

 第一型文明は、電波で探す事になる。第二型文明は、波長10ミクロンの赤外線で観測するのが良い。第三型文明の認知は難しい。地球外生命探査と言っても電波だけで探索するのではなく、色々な波長の電磁波で観測すべきである。そして対象物が自然な変化をしているのかどうかで、そこに文明があるかどうかを判断すべきと言う。これは、天文学そのものである。

第21章 銀河系の緑化
 テッド・テイラーは、核盗みと核警備の仕事を終えると、太陽エネルギーの問題に余生をささげる決心をした。彼は、太陽池装置の設計を行なった。地表に巨大な池を作り、そこに蓄えられる太陽エネルギーを使って発電したり暖房したりするものである。仮にこの構想が巧く行くと、地球上の陸地の面積の1%の太陽池を作れば、全世界のエネルギーを半永久に供給できる。ダイソンは、このような技術をグレーな技術と呼んでいる。
 ダイソンは、対極の技術をグリーンな技術と呼ぶ。グリーンな技術を使った太陽エネルギーの利用の一つを以下の様に考えている。樹木のDNAを組み替えて、セルローズを合成するのではなく、アルコールとかオクタンとか我々に便利な化学物質を作る様にする。樹木の根は生きたパイプライン網を形成し、燃料を谷に沿って流下させる。最後には人工的なパイプラインに繋がり、燃料が必要な場所に運ばれる。樹木を再プログラムする技術が開発されれば、このような事が可能になろう。しかし、このグリーンな技術の開発には何百年掛かるか判らない。

 ダイソンも、宇宙活動に要する費用を今日の1/100か1/1000に減少させなければ、人類を太陽系の中へ大規模に広がらせる事はできないと述べている。これを実現し、色々なグリーンな技術を可能にして、何百万もある小惑星に移住する。自らの遺伝子も操作して、多数の小世界がどんどん多様化して行く。読んでいて、ちょっと怖くなって来る。小惑星毎に新しい人類が発生するのであろう。
by utashima | 2005-07-23 16:00 | 読書 | Trackback | Comments(8)

銭形の起源は?

 今日(2005年7月20日)の日本経済新聞の朝刊の最終ページの文化欄に、面白い記事が載っていた。香川和昭氏の『巨大な銭形 瀬戸内の怪』という記事。四国の香川県 観音寺市の琴弾公園に約100m四方の大きさの寛永通宝の砂絵があるという。これを、いつ、誰が、どのような目的で作ったものか、判らないそうだ。「銭形の街、観音寺」というホームページもあった。

 全国を航空写真で見る事のできる「いくとこガイド」で、香川県⇒観音寺市⇒観音寺町と絞って行き、海岸に接して有る「琴弾公園」を中心に設定して拡大し、航空写真を表示させると、問題の銭形が現れる。その画像をここに表示するのは、「いくとこガイド」が禁止しているので、各自でご覧下さい。Google Maps の衛星画像では、まだ分解能が悪くて識別できなかった。この「銭形」は、毎年、春と秋に、中学生やボランティアの方々が、整備している。

 国内にも面白いものが、まだまだありそうだ。
by utashima | 2005-07-20 21:33 | 最近考えている事 | Trackback(1) | Comments(0)

軌道設計に使っている最適化ツール  2005年

 軌道設計をしていると、関数の最小化問題 (非線形計画問題, NLP:Non-Linear Programming) を解く必要がしばしば生じる。私が今まで使って来た手法、ツールを簡単に振り返ってみる。

 最初に非線形計画問題を解く必要性を感じたのは、1982年頃の『液体アポジエンジンによる軌道制御の初期検討』においてである。この頃は、制約条件の必要性は小さく、制御変数(最適化のために調整するパラメータ)の数も数個程度であった。最初は等高線を描いて 2次元問題を解く事から始め、次に、微分情報を使わないシンプレックス法で 4次元の問題を解いた。

 1984年~1986年頃の『液体アポジエンジンによる最適制御の研究』では、低推力による長時間の軌道制御の最適化を対象とした。最大原理で定式化して得られる随伴微分方程式を使い、離散的なパラメータは非線形計画法で求める方法を中心に検討した。しかし、一般には随伴ベクトルの初期値の設定が難しい事、制約条件を扱い難い事、等のため、低推力の制御変数(連続量)を離散化して 全て非線形計画法で解く方向に傾いて行った。この頃は、まだ大型計算機の時代であり、富士通の科学ライブラリの中にあった準ニュートン法のサブルーチンを使用した。ここでも、まだ制約条件は扱えなかった。扱った制御変数の個数は、数十個であった。

 1986年~1987年にジェット推進研究所に1年間滞在した時に、『空力を利用した軌道面変更の最適化』の研究を行なった。その時はジェット推進研究所の Navigation Section にあった最適化ライブラリを使用したが、上記の富士通の準ニュートン法のサブルーチンと同程度のものであった。制約条件は考慮できなかった。後で知ったのであるが、実はこの頃には、逐次二次計画法(SQP法)という制約条件も考慮できる効率的な解法のアルゴリズム研究が進んでいた。

 次に私が知ったのは、乗数法という解法であった。等号制約関数と目的関数を組み合わせて拡張ラグランジュ関数を定義し、それを制約無しの準ニュートン法で解く方法である。不等号制約は、スラック変数を導入して等号制約に変換して解く。準ニュートン法のライブラリが使えれば、後は比較的簡単に自作できる方法だったので、非線形計画問題を解く必要が生じたら、乗数法のソフトを作って解いてみようと考えていた。この頃までの検討で非常に参考になったのが以下の文献である。
今野浩, 山下浩, "非線形計画法(OR ライブラリ - 6)," 日科技連出版社, 1978年.

 しかし、その後、1990年4月に地球観測センターに異動になり、仕事の内容や計算機環境が大きく変わったため、最適化ソフトの事は頭から消えていた。1995年4月に再び筑波宇宙センターに戻ってから、最適化との関わりが復活した。

 非線形計画問題の最も良い解法は乗数法であるとまだ思っていた私が、逐次二次計画法(SQP法: Sequential Quadratic Programming) を知ったのは、以下の本を近所の書店で見つけた時である。
茨木俊秀・福島雅夫著, "FORTRAN77 最適化プログラミング (岩波 コンピュータ サイエンス シリーズ)," 岩波書店, 1991年, 4800円.

 1996年11月にこの本を購入した。この時は、特に解きたい問題があった訳ではない。集録されているソフトのソース・リストも本の中に書かれているが、1万円で別売の 5インチ・フロッピーに格納されたソース・ファイルもあった。このフロッピーも購入しようと思ったが、岩波書店ではフロッピーは既に絶版になっていた。どこかの書店に在庫があればと思って、東京の大きな書店に電話して調べて頂いたが、どこにも無かった。

 2000年の暮れ頃、『ユリシーズ型太陽極軌道への軌道設計』を進めており、上記の SQP ソフトを使おうと思った。岩波書店にメールを送り、ソースの電子ファイルを何とか販売して頂けないかとお願いしたところ、残っていたソースファイルを 3.5インチのフロッピーにコピーして売って頂けた。ちょっと苦労したが、この SQP ソフトを使って、電気推進系によるユリシーズ型太陽極軌道への軌道設計を行なう事ができた。その次は、太陽発電衛星を LEO から GEO まで電気推進系を使ってスパイラル軌道で輸送する最適化問題を SQP ソフトを使って解いた。3番目の適用問題は、L2点リサジュ基準軌道の設計であった。現在は、L2点ハロー基準軌道の設計に用いている。

 ところが現在は、フロッピーだけでなく、書籍自体も在庫がなく、入手できなくなっている。とても良い本なので、是非、再発行して頂ければと思っている。

 この SQP ソフトは、計15000円で手に入った。SQP 法のソフトは、MATLAB の Optimization Toolbox の中や、大きな次元の問題も解ける高価な最適化ソフトのパッケージの中にも存在するが、とても高い。問題の次元が大きくなると、スパース行列の効率的な計算に対応した高価なツールでないと、計算時間が掛かり過ぎたり精度が出なかったりするようだが(私はまだ経験がない)、岩波の SQP ソフトでも、数百次元の問題であれば、問題はない。私は、まだ 300次元を超えた問題は扱った事がない。

 高価なソフトだけでなく、個人でも買える安価で性能の良いソフトが消えないことを祈りたい。

 最後に、2001年12月に調べた時点での疎な行列計算にも対応した逐次2 次計画法の情報を記しておく。現在のウェブサイトにリンクを貼っておいたが、以下の情報は 2001年当時に調べたものであり、現在は更新されている可能性があるので、関心をお持ちの方は各自で調べて頂きたい。

(1)GESOP(Graphical Environment for Simulation and Optimization)
 これは、Direct Multiple Shooting Method と Direct Collocation Method の両方が実装されており、NLP ソルバとして、疎な行列にも対応した SNOPT が使用されている。

(2)SNOPT
 SNOPT は約3000 次元まで解く事が出来る。SNOPT は単体でも Stanford Business Software, Inc. から発売されており、価格は6000 ドル(single CPU)、9000 ドル(Site)、30000 ドル(Company wide)である。アカデミック価格は350ドル(single CPU)と、個人でも買えそうな金額であった。

(3)SOCS
 ボーイング社からは、更に高性能の SOCS (Sparse Optimal Control Software) が発売されており、10 万次元以上まで解けるようである。SOCS のオブジェクト・コード・ライセンスは初年度 190 万円、年間更新料 78 万円である。

(4)NUOPT
 日本製のソフトでは、株式会社 数理計画が販売している NUOPT がある。独自の解法の内点法を用いており、数万次元の問題も解いている。価格は 80 万円、年間保守料 12 万円である。
by utashima | 2005-07-16 12:30 | 宇宙機の軌道設計/ 解析 | Trackback | Comments(4)

観測ターゲットを自律的に割り出す衛星

 今日(2005年7月14日)の NASA News (from JPL)(News Release: 2005-116, "Software Learns To Recognize Spring Thaw")によると、衛星が地上からの指示なしで自律的に観測すべきターゲットを見つけて有益な観測を行なうソフトウェア・システムの実証に成功しつつあるようだ。そのソフトは、JPL が開発したAutonomous Sciencecraft Experiment (ASE)。New Millennium 計画の Earth Observing-1 (EO-1)という衛星にそのソフトをアップロードして実証実験が行なわれている。
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 右の図は、左半分の衛星画像を、そのソフトが右半分に示したように判読した事を示している。南極大陸から大きな棚氷が流れ出したり、どこかの火山が噴火したりした画像を衛星が撮影すると、自分で解析して、地上に通知すると共に、地上からの指示を待たずに必要な観測計画を作って観測を行なう事ができる。単に省力化が期待できるだけでなく、地上を介する事で生じる時間遅れにより、観測のチャンスを逃す様な事が減るだろう。この事は、地球観測よりも、遠くの惑星探査において大きな威力を発揮するものと考えられる。このニュースにも書いてあるが、例えば木星の衛星イオの火山噴火を捉えた時、何時間、何日も後で地上にてデータを解析してその事に気付いても、追加の観測要求を出すタイミングを失してしまうが、宇宙機が自律的に現象を捉えてそこを集中観測する事ができれば、大きな成果が得られる。

 私は、ブリザドさんと将来の地球観測衛星の有り方を時々議論するが、このニュースのような衛星の機能は私達も考えていた。既に NASA が実証しつつある事は知らなかった。約1ヶ月前のブリザドさんのブログ記事に、『災害監視衛星と予測技術を組合せて...』というものがある。この方向に向って進んでいるようだ。
by utashima | 2005-07-14 21:28 | 宇宙開発トピックス | Trackback | Comments(2)

小型宇宙機によるフォボス探査計画  1996年

 1996年時点で米国では、先進的な小型宇宙機による New Millennium 計画が検討されていた。検討開始の正確な年度は判らない。1996年当時に New Millennium 計画のミッションとして、以下の3つの Deep Space シリーズと、3つの Earth Orbiting シリーズが検討されていた。

・DS - 1
c0011875_19295694.gif  1998年に打ち上げられ、大成功を収めた小惑星/彗星フライバイ探査機。イオン・エンジンを主推進系として採用した初めての宇宙機。遠くの小惑星を光学観測して自分の位置を知る自律光学航法を実証した。右図が DS-1 である。90mN のイオン・エンジンを噴射している。

・DS - 2
  Mars Polar Lander 探査機にピギーバックされて火星に接近し、母機から分離されて火星の地中に突き刺さる2機のペネトレータ。Mars Polar Lander は1999年12月に火星に軟着陸するために大気中を降下して行ったが、その後通信ができなくなった。DS - 2 も、母機から分離された後、通信できず失敗した。

・DS - 3
  約1km 離れた2つの宇宙機(光学望遠鏡)で捕らえた天体の画像を3番目の宇宙機に送って干渉させ、口径1km の光学望遠鏡に匹敵する分解能を得るミッション。2005年現在の New Millennium 計画には、これは見当たらなかった。TPF-I という光干渉計ミッションの計画に統合されたのかも知れない。

--------------- ここから本題 ----------------

 NASA のこの計画を知り、NASDA の技術研究本部でも同様な検討を開始した。そして、現在の技術だけでは実現が難しいと思われるような新しいミッションの提案が募集され、私はここに紹介する 『小型宇宙機によるフォボス探査計画』 を提案した。そして、1996年夏に カリフォルニア州 San Diego で開かれた AIAA/AAS Astrodynamics Specialist Conference に参加したついでにジェット推進研究所に寄り、New Millennium 計画の担当者達からお話を伺うと共に、上記の 『小型宇宙機によるフォボス探査計画』 を紹介した。

 『小型宇宙機によるフォボス探査計画』 は、3機の小型宇宙機によるフォボスからのサンプル・リターン計画である。米国の NEAR 探査機による小惑星 Eros 探査の結果や、宇宙科学研究所(JAXA/ISAS)が実施する小惑星からのサンプル・リターン計画(現在飛行中の 『はやぶさ』 )の成果と比較する事で、フォボスの成り立ちを明らかにするのが主目的であった。この計画は、私的なフォボス探査研究会(輿石氏、松島氏、斎藤氏等)の構想がベースになっている。

 本計画は以下の3つのフェーズから成り、約2年間隔で3機の小型宇宙機を打ち上げる。
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  (1)周回観測フェーズ
  (2)接地観測フェーズ
  (3)サンプルリターン・フェーズ

 周回観測フェーズは右図の擬周回軌道からフォボスを観測する。フォボスとの距離は50km~100km 程度。この軌道は相対傾斜角を大きくすると不安定になり得るので、高精度軌道決定の用途も考えて、トランスポンダも搭載したペネトレータをフォボスに数個打ち込む。このフェーズの観測を基に次のフェーズの観測地点を絞る。

c0011875_14402089.jpg 接地観測フェーズでは、興味ある地点に接近して観測し、サンプルを取得する。これを数ヶ所で繰り返した後、フォボスを離れ、次の回収宇宙機が来るまで、火星周回軌道上で待機する。接地観測に要するコストを右のグラフに示した。

 更に2年後にサンプル回収機を打ち上げ、火星周回軌道で待機している宇宙機とドッキングしてサンプルを受け取り、地球に帰還する。サンプルを受け取った後、地球へのウインドウを待つために約450日間、火星周回に留まるとした。しかし、金星swingbyを利用できれば、火星での待機期間を大幅に短縮できる。

 各フェーズの火星遷移軌道上での宇宙機質量を、以下の値に見積もった。
  周回観測フェーズの宇宙機     :約400kg
  接地観測フェーズの宇宙機     :約450kg
  サンプルリターン・フェーズの宇宙機:約950kg

周回観測フェーズの宇宙機のイメージ図を以下に掲げる。
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 このフォボス探査計画は、以下の資料にまとめている。
歌島, "フォボス探査計画," GAS-96025, 1996年7月.
by utashima | 2005-07-10 16:15 | 宇宙機の軌道設計/ 解析 | Trackback | Comments(0)

3段相手に苦しい戦いを凌いだ

c0011875_1723287.jpg 2005年7月は先月に続いて3段として戦っており、8日まで2勝2敗の5分。今日の相手は3段。私は、後手の白持ちが好きで、相手が拘らない限りいつも白を選択している。右図が今日の対局を終えた時の画面である。

 布石の段階では、黒が左側の星と小目を占め、私(白)は右側の星と小目を占めた。丁度中央の縦線に対して線対称の形。

 左上隅から左辺にかけて、黒の大きな地ができそうになったので、左上に打ち込んだが、実質的に死んでしまった。しかし、白が上辺を広げる作戦を進めた時に、黒が妨げて来て、戦況が複雑になって来た。そして、相手のミスを誘って、左上隅の黒石を逆に取って生きた。

 布石が終わった段階で、黒が中央に勢力を持ちそうであったので、天元に白石を打ち、黒の勢力を牽制していた。その甲斐あって、白は中央で黒石を数目取り込んで生きる事ができる状況であった。しかし、相手が巧く攻めて来て、取り込んだ筈の黒石数目に生還される事態となった。その時、中央の白は死んだと思った。幸いな事に、しっかり読むと、2眼の生きがある事が判り、ホッとした。

 結局、白(私)の3.5目の勝ちとなった。2度、負ける恐れがあった。楽な勝ちはなかなか無い。
by utashima | 2005-07-09 17:24 | 囲碁 | Trackback | Comments(0)

『リーマン博士の大予想』(カール・サバー著、紀伊国屋書店、2500円)

 リーマン予想というのは、その文字列は時々目にしたが、まだ真偽が判っていない難しい数学の予想、という程度しか知らなかった。読み終えた今、何が書いてあったかを思い出して見た。

(1)リーマン予想とは、素数の分布に関する予想であり、リーマンが1859年の論文で発表した。
(2)自然数 n 以下の素数の大体の個数は、ガウスの予想した「素数定理」というもので与えられる。これは、予想から約100年後の1896年に証明された。その個数とは、n/ln(n)。
(3)リーマン予想の正しい事が判ると、自然数 n 以下の素数の個数(n/ln(n)+ε)の ε が正確に判る。
(4)オイラーは、リーマン予想に登場するリーマンのゼータ関数の元になったオイラーのゼータ関数( ∑1/n^s) が全ての素数で表わされるある式に等しいというオイラーの等式を発見した。ゼータ関数と素数とは関連が深い。
(5)リーマン予想は、オイラーのゼータ関数を複素数にまで拡張したリーマンのゼータ関数のゼロ点の分布が判ると解ける。
(6)量子物理学に出てくるランダム行列に関する式と、リーマンのゼータ関数のゼロ点の分布を調べて発見した式とが、非常に似ている。数学者モンゴメリが物理学者フリーマン・ダイソンと話をした時に明らかになった。
(7)リーマン予想の有望な解決法はまだ不明。
(8)米国は、リーマン予想が暗号解読などのセキュリティ問題に関係しているために、1994年にリーマン予想の解明を目指してAIM(American Institute of Mathematics)研究所を設立した。

 1995年にアンドリュー・ワイルズによって証明された「フェルマーの最終定理」は、1637年頃にフェルマーが本の余白に記したものと言われており、解決までに300年以上の時を要した。リーマン予想の解決が数学全体に及ぼす影響は、フェルマーの最終定理以上と言われており、まだ出題されてから150年弱しか経っていない事を考えると、当分解決の報は聞かれないかも知れない。
by utashima | 2005-07-08 21:06 | 読書 | Trackback | Comments(0)

TRMM 後継機のミッション軌道の検討  1994年

 TRMM (Tropical Rainfall Measuring Mission)は、1997年に打ち上げられたミッション期間3年程度のミッションであるが、幸いな事に2005年現在も観測を続けており、天気予報などに有益なデータを送って来ている。
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 TRMM の後継ミッションとして、GPM(Global Precipitation Measurement)ミッションが、日米を中心とした国際協力の下で検討が進められている。右に、構想図を示す。TRMM と GPM の最大の違いは、TRMM が1機だけのミッションであるのに対し、GPM は 9 機程度の衛星群からなるミッションという事である。TRMM は熱帯地域を中心に降雨観測をしているが、GPM は名前の通り、地球全球の降雨観測を目指している。そのためには、TRMM の軌道傾斜角35度ではダメで、少なくとも60度、70度以上の傾斜角の軌道が必要になる。しかし、傾斜角を大きくすると、太陽に対する軌道面の回転周期が長くなり、降雨の日周変化の観測が困難となる。そこで、GPM では、ローカル・タイムの異なる複数の太陽同期軌道に衛星を配備する方向を採用している。8機程度の副衛星を配備して3時間毎の全球降雨分布を観測する。副衛星には比較的低コストのマイクロ波放射計などを搭載するが、マイクロ波放射計による降雨強度推定アルゴリズムの精度を高めるために、マイクロ波放射計の他にニ周波の降雨レーダーも搭載する主衛星も1機飛ばす。ニ周波降雨レーダーは、TRMM の一周波降雨レーダーを開発した日本が開発する。

 主衛星と副衛星の軌道は、以下の様に設定されている。

          高度     傾斜角
 GPM(主)  400km    65度
 GPM(副)  600km    約90度(太陽同期)    
 TRMM    350km    35度

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 さて、ここからが本記事の主題である。1993年頃から、NASDA と NASA(GSFC) とでTRMM 後継ミッションの検討が始まった。当時も、後継ミッションは全球の降雨観測という事であった。しかし、複数の衛星を使うという選択肢はなかった。
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 初めに、軌道高度と傾斜角を変えた時の、軌道面の対太陽周期 P(日) と、観測地方時の分解能 H(時間) の変化を検討した。これらは、地球重力場の J2 項による軌道要素の変化率を使って簡単に評価できる。右図に結果を示す。ほぼ縦の線群が軌道面の対太陽周期 P(日) の等値線であり、ほぼ横の線群が観測地方時の分解能 H(時間) の等値線である。TRMM の P と H は、それぞれ47日、1.3時間である。P は TRMM の値からあまり大きくならず、H は TRMM 並みの値を取り、且つ、傾斜角はなるべく大きく、という要求になる。P と傾斜角は相反する要求であり、P は60~70日を選択した。H は 1~2 時間を選択。すると、右図のハッチの入った領域が選択される。上側のハッチ領域は、高度が高いために active センサーである降雨レーダーには苦しい。そこで、下側の領域に絞って検討した。

 傾斜角30度~60度、高度300km ~450km の範囲の軌道に対して、主な搭載センサーであるマイクロ波放射計と降雨レーダーの全球観測日数を調査した。この値が小さいほど観測に適した軌道と考えられる。下の図は、マイクロ波放射計の全球観測日数の等値線である。上の図の下側ハッチ領域は、3日で全球観測できる事が判る。TRMM と同じ値である。
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 この検討をしている頃、NASA GSFC で降雨観測に適した衛星軌道の検討をしていた Thomas Bell 氏が、気候システム研究センターに1年間滞在する事を知り、打合せを持った。両者の考え方は一致している事を確認した。全球観測日数の等高線図を比較した時、2ヶ所だけ不一致が見つかった。お互いにプログラムをチェックしてバグを見つける事ができた。どちらのソフトにバグが存在したかは、ここでは秘密としておく。

 下の図は、降雨レーダーの全球観測日数の等値線である。TRMM は良い軌道に設定されている事が判る。Thomas Bell 氏に、「TRMM もこのような解析を経て今の軌道に決まったのか」と聞くと、「いや、やってないと思う。ラッキーだった。」という返事。私がTRMM ミッションに関係した時は、既に軌道は決まっており、決定までの詳細な経緯は知らなかった。
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 TRMM 後継機で関心のある領域は、上の図の右上の枠内であるが、情報がない。そこで、その部分を拡大した図を下に示す。色の付いた領域が、全球観測日数が短い領域である。
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 以上の解析から、傾斜角50度~60度の範囲に、高度400km前後に4つの候補軌道のある事が判った。

 1995年4月に地球観測センターから筑波宇宙センターに異動で戻ってからは、TRMM 後継機の軌道検討からは外れていた。気が付いてみると、9機もの衛星群からなる GPM ミッションが浮上していた。単独衛星ミッションから 9機の衛星群のミッションに変わった頃の経緯はどんなものだったのであろうか。緯度±60度程度の観測範囲では満足できない声が大きかったのであろう。しかし、GPM の主衛星の軌道を見ると、1994年頃のこの検討結果とほぼ一致している事が判る。以上の検討は、次の資料にまとめられている。

歌島, "TRMM 後継機のミッション軌道の検討(その3+その4)改訂版," NCX-000015, 1994年5月.

 当時を思い出すと、私の全球観測日数の等値線図は、白黒印刷後に私が色鉛筆で塗ったものであるのに対し、Thomas Bell 氏が作成した図は、カラープリンターで出力された綺麗なものであった。Thomas Bell 氏は MAC を使っていた。
by utashima | 2005-07-02 19:00 | 宇宙機の軌道設計/ 解析 | Trackback | Comments(3)