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耐熱シールドを使わない衛星回収  1997年

 地球周回軌道上の衛星から物体を地上に回収する場合、耐熱シールドを持ったカプセルにその物体を入れて衛星本体から分離して大気圏に突入させるか、スペース・シャトルのように宇宙機そのものが耐熱シールドを装備していて宇宙機ごと地上に回収する事が行われている。どちらにしても、現状では高温に耐えるシールドが必要である。

 1997年頃、ピギーバック衛星の開発等を進められていた小型衛星研究室の増田室長から面白い内容の検討依頼を受けた。耐熱シールド無しで衛星を丸ごと回収する話である。現在の衛星回収法は、小さい断面積の衛星が濃い大気中を進む時の減速を利用しているのに対し、増田室長が言われたのは、断面積を大きくした衛星が薄い大気中を長時間運動する間の減速を利用するもの。私は、このような方法がある事は知らなかった。しかし、話を伺ってみると、なるほどと思った。

 初めに、空力加熱率が一定(普通の衛星が耐えられる程度の小さい値)の条件の下での再突入軌道を解析的に検討した。以下の図4.1に高度-速度グラフを描いたが、大気の薄いところで主に減速する様子が判る。
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これを実現するために必要な時々刻々の断面積を求めた。再突入から高度60km位までの間に大きな断面積が必要になる。質量50kgの衛星を、高度150kmの円軌道を飛行している時の空力加熱率のままで地上まで降ろすには、最大で直径100mのパラシュートを開く必要があった。
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歌島, "耐熱シールドを使わない再突入の可能性," GAA-97011, 1997年9月.

上の図5.1に時々刻々の必要な断面積を描いたが、この実現は困難と思われたので、断面積は一定で降下する場合を次に検討した。質量50kgの衛星に、直径が10m、20m、30mの3通りのバルーンを付けて再突入させる場合を検討した。直径30mのバルーンの場合は、衛星の温度は200度以下に留まる結果となり、可能性がある。但し、再突入中にバルーンの大きさをどのようにして維持するかが問題であろう。
歌島, "バルーン付き小型衛星の再突入," GAA-97014, 1997年12月.

by utashima | 2005-01-26 23:37 | 宇宙機の軌道設計/ 解析 | Trackback | Comments(1)

『5万年前に人類に何が起きたか?』 (2000円)

 NHKの番組「地球大進化--46億年・人類への旅」の第6集「ヒト 果てしなき冒険者」を見て人類の進化に興味を持ち、標記の本を読んでいる。ネアンデルタール人、クロマニヨン人、北京原人、ジャワ原人という言葉は知っていた。単に言葉だけであるが。これらの言葉を知ったのは、私の学生時代だから30年以上前の1970年代。その後も世界各地で地道な発掘が行なわれ、新しい成果が出ている事を知った。

人類の祖先が発生したのは、約600万年前らしい。話は変わるが、その頃(約580万年前)、小惑星同士の衝突により、カリン族と呼ばれる小惑星群が生まれた事が2002年に判った。ここを参照。人類発生の頃に生まれた小惑星群を、彼らの子孫である我々が今観測している。600万年は太陽系の歴史の46億年に比べると約1/800に過ぎない短い期間であるが、その間に人類の祖先が誕生しここまで進化してきた。

『氷に刻まれた地球11万年の記憶』で紹介したが、何万年、何十万年前の昔は、今の地球とは比べ物にならない大きな環境変動(氷河期など)があり、人類は進化しなければ生存できなかった。火を使うようになったのは、正確な年代を割り出すのは困難なようだが、50万年前~30万年前頃と書かれている。ネアンデルタール人の頃か。

私がこの本を読みたいと思ったのは、ネアンデルタール人とクロマニヨン人(現生人)の関係を知りたかったからである。ネアンデルタール人は、現生人の系統から50万年~40万年前に枝分かれし、ヨーロッパ全域に広がって行った。ネアンデルタール人以降の遺骨からは遺伝子の採取が可能な場合があり、進化の様子が遺伝子レベルでも研究されている。ネアンデルタール人は、約3万年前頃、アフリカで進化した現生人との競争に敗れた。

ネアンデルタール人が敗れた理由として、言語能力が非常に限られていた事が記されている。遺骨から、喉頭(こうとう)が喉(のど)の高いところにある事が判っている。また、クロマニヨン人の狩猟の道具はネアンデルタール人のものより進化しており、少ないエネルギーで獲物を捕まえる事ができ、どんどん人口密度が増加したようだ。魚釣りや野鳥狩りをするようになったのも、クロマニヨン人以降のようだ。

昔は、このような話に殆ど関心がなかったが、年を取ったと言う事なのかなぁ。
by utashima | 2005-01-23 19:09 | 読書 | Trackback(2) | Comments(0)

宇宙及び地上望遠鏡によるNEO検出シミュレーション 1998年

 時々、地球の傍を通過して行く小惑星のニュースや、X年後に地球と衝突する恐れがあるというニュースが流れる。1998年当時は、直径1km以上の地球近傍小惑星(NEA)は約2000個あると言われていた。この殆どを見つけてしまえば危険はかなり減少する。1989年頃からアリゾナ大学のGehrels達がNEAの検出観測を開始していた。地上望遠鏡からの観測だけでは年数が掛かり過ぎるのではないかと思い、専用の宇宙望遠鏡を打ち上げて観測すれば何年位で殆どのNEAを検出できるかを検討した。

 宇宙望遠鏡は太陽-地球系のL4点に1機設置すると仮定し、口径は1mとした。直径1km以上のNEAは約5年でその90%を検出できる結果となった。地上望遠鏡だけを使う場合、10台の口径1mの望遠鏡を専用に使ったとして、20数年かかる結果となった。宇宙望遠鏡の設置場所はL4点がベストかどうかは判らない。宇宙望遠鏡の導入により、1/5の期間でNEAの検出ができると言っても、宇宙望遠鏡の数百億円のコストの説明としては弱い。詳細は、以下の報告書にまとめた。
歌島, "宇宙及び地上望遠鏡によるNEO検出シミュレーション," NASDA-TMR-980003, 1999年.

 NASAは1998年からの10年間で、地上望遠鏡を使って直径1km以上のNEAの90%を検出する計画を開始している。現在までの状況を以下の図に示す。
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出典:NASA Near Earth Objects Program
このグラフの赤が直径1km以上のNEAの検出数である。現在までに約700個が検出されている。現在では、1km以上のNEAは1000個余りと考えられており、半分以上が見つかった事になる。しかし、残り数が少なくなる程、検出が困難になるので、NASAの計画通り2008年までに90%の検出が完了するかどうか。
by utashima | 2005-01-14 21:10 | 宇宙機の軌道設計/ 解析 | Trackback | Comments(0)

ユリシーズ型太陽極軌道への軌道設計(2)    2001年

 電気推進系によるEΔV-EGA法を用いる方法は比較的短い期間で大きな宇宙機をユリシーズ型太陽極軌道に投入できることが分かったが、C3がほぼゼロの軌道における初期質量500kg当たり、180mN(太陽から1AUでの値)推力の電気推進系が必要であり、日心距離が最小の点では約287mNの推力が必要であった。
 上記の方法は、地球swingby後は弾道飛行で木星に向かう前提であった。ここでは、EΔV-EGA法により地球swingbyした後も電気推進系の最大噴射を利用する事(ISASの川口教授による)で、電気推進系の必要な推力を大幅に小さくできる事を示した。C3=0の軌道における初期質量500kgの場合、ペイロード質量が最大となるのは、日心距離1AUにおけるノミナル推力が約130mNの時であり、約219kgのペイロード質量をユリシーズ型太陽極軌道に投入できる結果を得た。必要な最大推力は約169mNとなる。この推力を実現できない場合、ノミナル推力90mNでも195kgのペイロード質量を投入でき、最大推力は118mNまで下がる。以下に、これらの推力の場合のtrajectoryを示す。
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現在、日本において150mN推力のイオン・エンジンの研究開発が進められており、本報告の結果は、電気推進系を使用したユリシーズ型太陽極軌道の実現可能性を大きくするものである。
 以下の報告書を発行した。
歌島, "電気推進系によるユリシーズ型太陽極軌道への軌道設計," NASDA-TMR-010021, 2002年.

by utashima | 2005-01-09 15:22 | 宇宙機の軌道設計/ 解析 | Trackback | Comments(0)

作用圏境界軌道の共鳴安定性(4)

 それからの数週間、初期条件を色々変えたシミュレーションをして安定領域を探した。図4に近い安定領域が現れてきた。Mathieu方程式の導出の時に、図4の座標軸と擬周回軌道のパラメータの間の関係式が求まっているので、シミュレーションで得た安定領域をMathieu方程式のそれにマッピングした。それが図5である。青丸は安定な軌道、赤×は不安定な軌道である。
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横軸はフォボスとの距離にほぼ比例し、縦軸は相対傾斜角にほぼ比例する。上に伸びた安定領域は、近点引数ωの変動と擬周回軌道のη方向の変動とが共鳴関係にある境界で挟まれている。この共鳴安定を利用すると、相対傾斜角の大きい擬周回軌道を実現できる。

 詳細は、以下の文献をご覧下さい。なお、(1)は日本航空宇宙学会論文集のサイトのabstractです。学会会員でないと本文を読む事はできません。(2)は私の学位論文(日本語)です。(3)は英訳した学位論文です。博士論文の検索サイト

(1)歌島, 川口, "作用圏境界軌道の共鳴安定性," 日本航空宇宙学会誌, 第50巻, 第580号, 2002年5月号.
(2)歌島, "作用圏境界を飛行する軌道の力学的性質と小衛星探査への応用," NASDA-TMR-010007, 2001年.
(3)Utashima, "Flight Property around the Sphere of Influence and the Application to Satellites Exploration," NASDA-ETR-020005, 2002.
by utashima | 2005-01-07 23:05 | 宇宙機の軌道設計/ 解析 | Trackback | Comments(0)

作用圏境界軌道の共鳴安定性(3)

 というのは、Mathieu方程式の安定領域は、以下の図4(寺沢寛一編, 数学概論 応用編より)のような特異な形をしており、擬周回軌道の安定領域がこのようになるとは信じられなかったからである。
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 この後、擬周回軌道の不安定性をどのように解明するか参った。その時までに実行していた擬周回軌道の数値シミュレーションからは予測できない安定領域だったからだ。暫く途方に暮れていた。それまでのシミュレーションから、不安定領域と判断していた所の1点で無駄と思いつつ遊び半分で数値シミュレーションをした。すると、驚いた事に、極めて安定な軌道であった。その時、それまでのシミュレーションのケース数が不十分だったために、図4のような特異な安定領域が見つからなかっただけではないかと思った。

作用圏境界軌道の共鳴安定性(4)に続く
by utashima | 2005-01-06 22:39 | 宇宙機の軌道設計/ 解析 | Trackback | Comments(0)

作用圏境界軌道の共鳴安定性(2)

 1999年になって宇宙研(ISAS)の川口淳一郎教授から、本質を捉えていれば大胆な近似を使っても有益な結果が得られる事を教えて頂き、この研究は新しい展開を見せた。不安定になってフォボスから離脱する軌道の一例を図3に示す。この図の中心にフォボスが存在する。
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この図からη方向の軌道の振動が最も重要と判断し、思い切った近似を導入して、この擬周回軌道のη方向の運動方程式を導いた。その運動方程式は、周期係数を持つ振動方程式であるMathieu方程式に一致した。この時、確かに嬉しかったが、擬周回軌道の不安定性が本当にMathieu方程式に支配されているとは、正直に言って信じられなかった。

作用圏境界軌道の共鳴安定性(3)に続く・・・
by utashima | 2005-01-03 13:25 | 宇宙機の軌道設計/ 解析 | Trackback | Comments(0)

作用圏境界軌道の共鳴安定性(1)

 1992年の夏、この研究が開始された。

 リモートセンシング技術センター(RESTEC)の輿石氏と航空宇宙技術研究所(NAL, 現在はJAXA)の松島氏が中心となって始められた「フォボス探査研究会」にその年の7月から参加させて戴いた。フォボスは火星の第一衛星であり、火星の重力に捕らえられた小惑星ではないかと言われている半径約10kmの小天体である。この研究会の目的は、この小天体の周りを回る宇宙機を実現して、フォボス全球を高精度(分解能1m程度)に観測する事であった。

 フォボスは1970年代のマリナー9号やバイキング・オービターによりフライバイ軌道から観測され、分解能100m程度の地図が作成されていた。1980年代末に旧ソ連がフォボス・ミッションを実行したが、失敗に終わった。

 分解能1m程度となると、宇宙機軌道のフォボスとの距離はおよそ数十kmとなる。火星-フォボス系におけるフォボスの作用圏半径を評価すると、約7.8kmとなり、フォボスの外側は全て作用圏の外になる事が判った。太陽-地球系で言えば、地球の作用圏半径は約90万kmなので、地球から約600万kmの所で地球の周りを回す事に相当する。軌道の概観を図1に示す。火星中心の慣性系で眺めた図である。
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図1 擬周回軌道の慣性系での平面図

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by utashima | 2005-01-03 09:56 | 宇宙機の軌道設計/ 解析 | Trackback(1) | Comments(1)

2005年の初勝利(3段)

 2005年の初対局を3段の人と行なった。私が白を持った。私は、白持ちが好きだ。お互いに地が少ない展開。時間に追われて数える暇がなく、数目程度の負けを予想していたが、逆に5目勝っていた。幸先が良い。しかし、3段は私には荷が重いので、今月は負け越す事になろう。

 以下に、2003年2月からの月間勝率の変化を示す。6割に達した翌月に昇段し、4割を切った翌月に降段している。毎月の最初の対決は、緊張する。出足が悪いと長く尾を引く事が多いので。
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by utashima | 2005-01-01 16:11 | 囲碁 | Trackback | Comments(0)

歌島という姓について(3)

 「都道府県市区町村落書き帳」の今川焼さんから、大阪市西淀川区の「歌島」の由来についての情報を戴いた。
[36247] 2004 年 12 月 31 日 (金) 18:56:48 今川焼 さん
  歌島、酉島 ~難波八十島~
歌島に隣接する淀川区のホームページの区の町名の由来を見てみると、難波八十島の一つの假島(かしま)が現在の加島(かしま)に転じ、連歌所があったことから歌島(かしま?)と書き換えられた、というようなことが解説してあります。ですので西淀川区の歌島(うたじま)もそれと関係があるのかもしれませんね。
と言う事は、大阪で「歌島」が使われ始めたのは、かなり古いのかも知れません。広島県尾道市の向島も、歌(連歌や和歌)に関連して「歌島」と付けられたのかも。

問い合わせていた西淀川区役所区民企画室からは、以下のメールを戴いた。有難う御座いました。
明治22年の町村制施行後の新しい村として、西淀川区地域では歌島の他、6つの村が生まれました。地名の由来は、「歌島・・・旧村名による。一説によれば「加島」の古称を転化して「歌島」と訓じたという。」とのことです。

by utashima | 2005-01-01 11:22 | 歌島姓・尾道 | Trackback | Comments(0)