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インフルエンザ予防接種を受けた

 2012年10月5日、ホーム・ドクターの所で、インフルエンザ予防接種を受けた。10月1日から開始していた。今年から、領収書を提出すれば、健康保険組合からの補助(1回当たり2000円)を得られる事になった。
by utashima | 2012-10-05 11:12 | イベント | Trackback | Comments(0)

大腸がん検診

 2012年7月20日に大腸がん検診(検便)を受けた。つくば市が実施する無料の検診。私は今年4月1日で60歳という事で受検できた。同じ頃、ホームドクターに血液検査をして頂く機会があり、腫瘍マーカーである CEA と CA19-9 の2項目も追加で検査して貰った。

 先週、全ての結果が分かり、全項目クリアだった。
by utashima | 2012-08-21 10:42 | イベント | Trackback | Comments(0)

日本リモートセンシング学会誌に解説記事掲載

 日本リモートセンシング学会の学会誌に、「Q & A in Remote sensing (リモートセンシング質問箱)」というコーナーがある。今回、『地球観測のための衛星軌道について』というタイトルで、執筆させて頂いた。今年7月発行のVol. 32 No. 3 に掲載された。

 以下の質問項目に対して、解説すると言う形で記述している。

 Q. 衛星が採り得る軌道にはどのようなものがありますか?
 Q. 一旦軌道に乗せれば後は,永遠に同じ軌道に居続けるのでしょうか?
 Q. 衛星の軌道決定や軌道制御は,どのように実施するのでしょうか?
 Q. 将来はどのような軌道にどのような衛星の打上げが検討されていますか?
 Q. 手軽に使える軌道計算ツールはありますか?

 日本リモートセンシング学会の会員の方は、学会誌をご覧下さい。学会員でない方も、約半年後に、こちらのサイトで読めるようになります。
 なお、記事の中で、ADEOS-Ⅱの打上げ年を1996年と書きましたが、2002年の誤りでした。失礼しました。編集者には連絡しました。次号に訂正記述を入れて頂けるそうです。

[追記(2012年12月30日)]
 今日、日本リモートセンシング学会の上記サイトに、Vol. 32 No. 3 も公開されているのを確認した。なお、ADEOS-Ⅱの打上げ年の誤記は修正されていないので、ご注意ください。
by utashima | 2012-07-25 20:24 | イベント | Trackback | Comments(0)

手の薬指に内出血

 4,5日前に夕食後の皿洗いをしている時、右手薬指に痛みを感じた。すぐに手を見たが、出血は無かった。しかし、その後、薬指の第二関節と根元の間が赤黒い色になり、多少膨れた印象になった。手に痛みは無く、使用に不便はなかった。皿洗いの時に感じた痛みとその後の赤黒い色から、内出血していると思った。

 実は、この指は、30年位前にかなり酷い突き指を経験している。ソフトボールの投手をしていて、ピッチャー・ライナーを受けようとして、グラブをはめていない右手が咄嗟に出た。掴む事が出来ず、薬指の指先でボールを受け止める結果になった。その日の内から薬指が腫れ始め、これは放置できないと思ったので、近所の接骨院に行った。それから半年間通い、ほぼ元に戻った。ほぼと言うのは、拳を作った時、薬指の第一関節の曲りが少し不十分なのである。

 そのため、問題ないかなと思いつつも、気になるので、腰痛の時にお世話になった整形外科に行った。やはり毛細血管の内出血であった。体のあちこちで内出血していれば問題だが、この指だけなので放置して良いとの事。
by utashima | 2012-06-29 11:51 | イベント | Trackback | Comments(0)

特別展「日本橋」に出かけた

 今日、家内と江戸東京博物館に行った。今開催中の特別展「日本橋」を見るため。大江戸線の両国駅の隣に江戸東京博物館がある。今年度末で開館から20年であるが、私は初めて訪れた。7階まである大規模な博物館である。土産物を売っているショップや喫茶店、レストランもある。
 博物館の入り口に傘立てがあるが、外国人が珍しそうにビデオカメラを近づけて撮影していた。

 午前中は1Fで開催中の特別展「日本橋」を見た。1774年に出版された解体新書も展示されていた。広い会場に沢山の展示物があり、疲れた。何度か、展示場内の椅子で休憩した。特別展「日本橋」は撮影禁止だった。

 昼食は、7Fのレストランで私は蕎麦を食べた。日本橋から、すぐに蕎麦を連想し、食べたくなったので。

 午後は、6Fと5Fの常設展示を見た。6Fには日本橋の半分を、当時と同じケヤキとヒノキを使って実物大で復元していた。中央部が盛り上がったアーチ状である。明治になると、馬車などの通行に便利なように、平らな橋に変更された。明治の終わりの1911年に今の石造りの日本橋ができた。
 江戸城本丸大手門の前に建てられた越前福井藩主・松平伊予守忠昌(まつだいらいよのかみただまさ)(1597~1645)の上屋敷が史料をもとに30分の1の縮尺で復元されていた。忠臣蔵で有名な松の廊下も復元されていた。下の写真である。
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 三井越後屋の店も10分の1の縮尺で再現されていた。
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 明治~昭和の生活環境の展示もあった。鹿鳴館も25分の1で復元し、透明な強化ガラスの下に埋め込まれていた。庭の様子も上からの眺めで良く分かる。ウィンナ・ワルツの調べとともに屋根が後ろにスライドして、2階舞踏室での舞踏会の様子も見る事が出来た。重さを再現した1000両箱が置かれており、触る事が出来る。持ち上げる事はできるが、不用意に持ち上げると、腰痛になる恐れがある。岡山県津山藩の大名の籠を実物大に再現したものが有り、乗る事が出来る。私(身長171cm)は足をちょうど伸ばす事が出来た。
 
 ゆっくり見ると、1日ではとても足りない展示物の量である。中学生の団体や外国人の姿も多かった。疲れたが、楽しい1日だった。
by utashima | 2012-06-22 22:17 | イベント | Trackback | Comments(0)

グループホーム入居の母との面会と、父・兄の墓参り

 2012年5月25日(金)~27日(日)に、故郷の尾道に帰り、3月からグループホームに入居している母に会って来た。母は今年95歳になる。

 26日午前、福山市に住んでいる姉夫妻の車で尾道市のグループホームに連れて行って貰った。母は、キッチンでキュウリを切って、昼食の準備をしていた。元気そうだった。私の顔はすぐに認識してくれたが、私の名前を思い出せない。メモ用紙に太い字で「昌由」と書いて示すと、やっと分かってくれた。私の住んでいる茨城県や子供達の住んでいる青森県や東京を、日本地図をざっと描いた上に記入して説明した。母は、私が以前に青森県に住んでいたと思い込んでいた。私は青森県には住んだ事は無く、何故そのように思っているのか不思議だ。2年前に二男が青森県弘前市の大学に受かった報告をしているが、それと混同しているのかも知れない。それから母も一緒に、向島にある父と兄の墓参りに行った。母をグループホームに送り届けた後、鞆の浦を回って福山に戻った。私は、車の後部座席に座り、暫く涙が浮かんでいた。

 前日の25日の夕方、福山の街を自転車で走ってみようと思った。中学と高校の6年間、広大付属福山中高等学校に通ったが、福山駅と学校の間の2,3のルート付近しか福山を知らない。そこで、最も良く通ったルートを走ってみようとした。始めは駅近くの商店街を通るが、40年以上前とは大きく変わっており、本当にこの道を歩いていたのかと思うほど。学校のあった跡地は、現在、緑町公園となっている。学校の正門がどこに有ったかは、正門に続く道などから、すぐに分かった。懐かしかった。既に1995年頃に、ローズ・アリーナ等の施設がここに出来ていたが、緑町公園に来たのは今回が初めて。

[天満屋(デパート)の角から福山駅を見る。背後に、福山城が覗いている。]
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[学校の正門があった付近から緑町公園を見る。]
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[緑町公園内のローズ・アリーナ。]
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by utashima | 2012-05-28 22:25 | イベント | Trackback | Comments(0)

畳裏返し

 我が家は1995年に新築し、今年で17年経った。12年目頃に畳表替えをし、それから約5年後の今日、畳裏返しをした。畳替えをあまり知らなかったので、こちらのサイトで勉強した。

 畳替えには、以下の3つがある。
(1)畳新調
   畳床と畳表の全てを新規に替える事。
(2)畳表替え
   畳表だけを新しいものに取り換える事。
(3)畳裏返し
   畳表を裏返して再び使う事。表が日焼けしていても、裏はまだ青いので使える。

我が家は、新築から数年後に行なうべき畳裏返しをやっていない。新築から12年目頃に畳表替えをした。今回の畳裏返しから5年経つと新築から22年となる。その頃には、畳床が寿命となる可能性があり、次回は畳新調となるかも知れない。
by utashima | 2012-05-01 18:55 | イベント | Trackback | Comments(0)

家内が国民年金第一号被保険者に

 私は3月末でJAXAを定年退職した。4月からは、月12日勤務の再雇用となった。家内は60歳未満なので、2週間以内に国民年金第3号被保険者から第1号被保険者に切り換えねばならない。
 今日、家内と二人で、つくば市役所に出かけ、上記の手続きを済ませた。今後は、月額約1.5万円の国民年金保険料を納める。
by utashima | 2012-04-03 14:36 | イベント | Trackback | Comments(0)

定年退職慰労会

c0011875_21132443.jpg 3月23日に職場の皆さんが、私の定年退職慰労会を催して下さった。現在の職場の方々だけでなく、20年以上前の部署でお世話になった方々も出席して下さり、とても懐かしく嬉しかった。場の一角は、30年前の職場の再現であった。なお、定年退職と言っても、65歳までの5年間は、JAXAに再雇用して頂く予定です。参加して頂いた皆さん、有難う御座いました。

 自宅に帰って、寄せ書きを読ませて頂いた。その中に、ある若い方の「歌島さんにとって、軌道力学とは何だったのでしょうか。」という文がありました。それを読んで、思わず自分を振り返ってみました。

 軌道力学は、私にとって、生き甲斐だったと思います。学生時代は高速流体力学を勉強しており、軌道力学は素人でした。でも、昭和51年にNASDAの追跡開発室に配属され、田中彰氏広田正夫氏の指導を受けながら軌道の検討を進めて、それが実際の衛星に適用され、予想通りのデータが得られた時の喜びは、何物にも代えがたい物でした。その時から、軌道力学が生き甲斐になったように思います。理論的な検討と実際の衛星運用とが一体となった良い職場でした。特に若い内にこのような経験をしておく事は大切と思います。

 目標100歳までのこれからの40年間、軌道力学を生き甲斐としながらも、幅広い分野に興味を持ち続け、色々なブログ記事を書き続けたいと思います。右の花は、慰労会の最後に頂いたものです。
by utashima | 2012-03-24 10:34 | イベント | Trackback | Comments(2)

携帯電話の無料点検

 今日、ドコモから携帯電話の無料点検サービスのメールが来た。私は、2年前から携帯電話を使用している。全く正常に使えているが、無料というのでドコモ・ショップに出かけた。10分ほど待って番号を呼ばれ、点検して貰った。

 本体は正常で問題なし。ただ、バッテリーの使用可能容量が約半分になっていた。2年使って半分になるというのは、特別異常という訳ではないようだ。携帯電話を2年使うと、新しいバッテリーをサービスしてくれるというので、交換して貰って来た。来た甲斐があった。

 私は、自宅にいる時は、携帯電話は充電スタンドに設置している。つまり常に充電している状態。リチウム・イオン電池にとって、このような使い方は良くないらしい。電気を使い切ってから充電するのが良い。しかし、毎日フル充電の状態で持ち出せるのは安心感がある。よって、多少バッテリーの寿命を縮める事になっても、今までの流儀を通そう。
by utashima | 2012-03-17 17:00 | イベント | Trackback | Comments(0)