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2013年の初詣

c0011875_152609.jpg新年、明けまして、おめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。

 2013年1月2日の午前に、いつもの千勝神社に初詣した。祖母は、出かける時は車椅子が必要なので、祖父と共に家に残り、私達夫婦と子供三人で出かけた。途中、広大な敷地に大規模な施設の建設現場が、右手に見えてきた。私は、初めて知ったが、(仮称)イオンモールつくばの建設現場だった。今年の春にオープンの予定。車で30分位の所に、イオンモール土浦もあるが、イオンモールつくばの方がずっと近くなる。

 千勝神社に午前中に詣でるのは多分初めて。拝殿の前にお参りの長い列ができていた。今までで最も長かった。今日は、最近の寒さが嘘のような暖かい日だった。上の写真は、毎年購入している干支置物で、今年は巳年。
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by utashima | 2013-01-02 15:29 | イベント | Trackback | Comments(0)

家内の携帯電話をスマートフォンに買換え

c0011875_1622586.png 家内の携帯電話(P704 iμ)のバッテリ切れの間隔が短くなり、頻繁に充電していた。調べてみると、2007年9月に購入しており、5年を超えていた。そこで、買い換える事にした。今までと同じ FOMA 携帯電話を買うという選択肢もあったが、本人の希望もあり、スマートフォンにした。シャープの IGZO という最新の液晶ディスプレイが消費電力が少なくバッテリが長持ちするというので、シャープ製のAQUOS PHONE ZETA SH-02E を買った。

 実は、今私が買うとしたら欲しい機種が、これである。シャープ(株)は、今までも素晴らしい液晶を世に出しており、今後も頑張って欲しいという気持ちである。私の携帯電話は、同じくシャープ製の SH-03B であり、ワンセグ画面もとても綺麗である。購入してからまだ2年9ヶ月であり、今後も2~3年は使い続ける予定なので、スマートフォンは暫くお預けである。
by utashima | 2012-12-22 16:24 | イベント | Trackback | Comments(0)

私のフィットで初事故

 2012年11月24日(土)に、私の FIT が初めての事故に遭遇した。私を除く家族3人が乗っていて、家内が運転していた。郊外のアウトレットで買い物をし、駐車場から出ようと出口に向かっていた。前に、同じ方向に進む車があった。その車は出るのではなく、駐車場所を探していた風だった。前の車が停車したので、FIT も止まった。その直後、前の車の後退灯が点灯。FIT に乗っている家族は、えっと驚く。家内はクラクションを押すが間に合わず、前の車が後退して来て FIT と衝突した。幸いにも人的被害は全くなかったが、私の FIT の前部バンパーが少し損傷した。

 本題からそれるが、前の車の後退灯は、左側しか点灯しなかった。後で持ち主に聞くと、そのような仕様との事。外車の中には、そのような仕様の車がある事を初めて知った。その車の最近のバージョンでは、両側が点灯するように改良されているとの事。

 数時間後に、所轄の警察署の人達に現場検証をして貰い、後は、両者の保険会社の対応となった。相手側に100%の責任がある事で決着し、今日の午前中に、FIT の前部バンパーの交換を済ませた。私の保険からの出費は無く、来年以降の保険料がこの事故のために上昇する事は無い。

 この事故に関して、もう一つ書きたいことがある。現場検証が終わった後、FIT の損傷の程度を見て貰うために、翌日の日曜日にホンダカーズ店に向かった。幹線道路に面した入口の他に、裏からの入り口もあり、私はいつもこちらを利用している。その入口に向かう時、別のホンダ車が私の FIT の前を同じ方向に走っていた。ホンダカーズ店の敷地に入る所で前車は止まり、更に進むかどうか躊躇している様子が窺えた。前車と FIT の間には、10m位の距離があった。家内の事故の事が頭をよぎった。案の定、その車はバックを始めた。私はすぐにクラクションを数回鳴らした。前車は私の FIT に気付き、後退を止めて前進した。

 悪い事は続くことがあるのを、再認識した。当たり前の事ですが、「バックする前に、必ず後方確認を。」
by utashima | 2012-12-01 12:37 | イベント | Trackback | Comments(2)

インフルエンザ予防接種を受けた

 2012年10月5日、ホーム・ドクターの所で、インフルエンザ予防接種を受けた。10月1日から開始していた。今年から、領収書を提出すれば、健康保険組合からの補助(1回当たり2000円)を得られる事になった。
by utashima | 2012-10-05 11:12 | イベント | Trackback | Comments(0)

大腸がん検診

 2012年7月20日に大腸がん検診(検便)を受けた。つくば市が実施する無料の検診。私は今年4月1日で60歳という事で受検できた。同じ頃、ホームドクターに血液検査をして頂く機会があり、腫瘍マーカーである CEA と CA19-9 の2項目も追加で検査して貰った。

 先週、全ての結果が分かり、全項目クリアだった。
by utashima | 2012-08-21 10:42 | イベント | Trackback | Comments(0)

日本リモートセンシング学会誌に解説記事掲載

 日本リモートセンシング学会の学会誌に、「Q & A in Remote sensing (リモートセンシング質問箱)」というコーナーがある。今回、『地球観測のための衛星軌道について』というタイトルで、執筆させて頂いた。今年7月発行のVol. 32 No. 3 に掲載された。

 以下の質問項目に対して、解説すると言う形で記述している。

 Q. 衛星が採り得る軌道にはどのようなものがありますか?
 Q. 一旦軌道に乗せれば後は,永遠に同じ軌道に居続けるのでしょうか?
 Q. 衛星の軌道決定や軌道制御は,どのように実施するのでしょうか?
 Q. 将来はどのような軌道にどのような衛星の打上げが検討されていますか?
 Q. 手軽に使える軌道計算ツールはありますか?

 日本リモートセンシング学会の会員の方は、学会誌をご覧下さい。学会員でない方も、約半年後に、こちらのサイトで読めるようになります。
 なお、記事の中で、ADEOS-Ⅱの打上げ年を1996年と書きましたが、2002年の誤りでした。失礼しました。編集者には連絡しました。次号に訂正記述を入れて頂けるそうです。

[追記(2012年12月30日)]
 今日、日本リモートセンシング学会の上記サイトに、Vol. 32 No. 3 も公開されているのを確認した。なお、ADEOS-Ⅱの打上げ年の誤記は修正されていないので、ご注意ください。
by utashima | 2012-07-25 20:24 | イベント | Trackback | Comments(0)

手の薬指に内出血

 4,5日前に夕食後の皿洗いをしている時、右手薬指に痛みを感じた。すぐに手を見たが、出血は無かった。しかし、その後、薬指の第二関節と根元の間が赤黒い色になり、多少膨れた印象になった。手に痛みは無く、使用に不便はなかった。皿洗いの時に感じた痛みとその後の赤黒い色から、内出血していると思った。

 実は、この指は、30年位前にかなり酷い突き指を経験している。ソフトボールの投手をしていて、ピッチャー・ライナーを受けようとして、グラブをはめていない右手が咄嗟に出た。掴む事が出来ず、薬指の指先でボールを受け止める結果になった。その日の内から薬指が腫れ始め、これは放置できないと思ったので、近所の接骨院に行った。それから半年間通い、ほぼ元に戻った。ほぼと言うのは、拳を作った時、薬指の第一関節の曲りが少し不十分なのである。

 そのため、問題ないかなと思いつつも、気になるので、腰痛の時にお世話になった整形外科に行った。やはり毛細血管の内出血であった。体のあちこちで内出血していれば問題だが、この指だけなので放置して良いとの事。
by utashima | 2012-06-29 11:51 | イベント | Trackback | Comments(0)

特別展「日本橋」に出かけた

 今日、家内と江戸東京博物館に行った。今開催中の特別展「日本橋」を見るため。大江戸線の両国駅の隣に江戸東京博物館がある。今年度末で開館から20年であるが、私は初めて訪れた。7階まである大規模な博物館である。土産物を売っているショップや喫茶店、レストランもある。
 博物館の入り口に傘立てがあるが、外国人が珍しそうにビデオカメラを近づけて撮影していた。

 午前中は1Fで開催中の特別展「日本橋」を見た。1774年に出版された解体新書も展示されていた。広い会場に沢山の展示物があり、疲れた。何度か、展示場内の椅子で休憩した。特別展「日本橋」は撮影禁止だった。

 昼食は、7Fのレストランで私は蕎麦を食べた。日本橋から、すぐに蕎麦を連想し、食べたくなったので。

 午後は、6Fと5Fの常設展示を見た。6Fには日本橋の半分を、当時と同じケヤキとヒノキを使って実物大で復元していた。中央部が盛り上がったアーチ状である。明治になると、馬車などの通行に便利なように、平らな橋に変更された。明治の終わりの1911年に今の石造りの日本橋ができた。
 江戸城本丸大手門の前に建てられた越前福井藩主・松平伊予守忠昌(まつだいらいよのかみただまさ)(1597~1645)の上屋敷が史料をもとに30分の1の縮尺で復元されていた。忠臣蔵で有名な松の廊下も復元されていた。下の写真である。
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 三井越後屋の店も10分の1の縮尺で再現されていた。
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 明治~昭和の生活環境の展示もあった。鹿鳴館も25分の1で復元し、透明な強化ガラスの下に埋め込まれていた。庭の様子も上からの眺めで良く分かる。ウィンナ・ワルツの調べとともに屋根が後ろにスライドして、2階舞踏室での舞踏会の様子も見る事が出来た。重さを再現した1000両箱が置かれており、触る事が出来る。持ち上げる事はできるが、不用意に持ち上げると、腰痛になる恐れがある。岡山県津山藩の大名の籠を実物大に再現したものが有り、乗る事が出来る。私(身長171cm)は足をちょうど伸ばす事が出来た。
 
 ゆっくり見ると、1日ではとても足りない展示物の量である。中学生の団体や外国人の姿も多かった。疲れたが、楽しい1日だった。
by utashima | 2012-06-22 22:17 | イベント | Trackback | Comments(0)

グループホーム入居の母との面会と、父・兄の墓参り

 2012年5月25日(金)~27日(日)に、故郷の尾道に帰り、3月からグループホームに入居している母に会って来た。母は今年95歳になる。

 26日午前、福山市に住んでいる姉夫妻の車で尾道市のグループホームに連れて行って貰った。母は、キッチンでキュウリを切って、昼食の準備をしていた。元気そうだった。私の顔はすぐに認識してくれたが、私の名前を思い出せない。メモ用紙に太い字で「昌由」と書いて示すと、やっと分かってくれた。私の住んでいる茨城県や子供達の住んでいる青森県や東京を、日本地図をざっと描いた上に記入して説明した。母は、私が以前に青森県に住んでいたと思い込んでいた。私は青森県には住んだ事は無く、何故そのように思っているのか不思議だ。2年前に二男が青森県弘前市の大学に受かった報告をしているが、それと混同しているのかも知れない。それから母も一緒に、向島にある父と兄の墓参りに行った。母をグループホームに送り届けた後、鞆の浦を回って福山に戻った。私は、車の後部座席に座り、暫く涙が浮かんでいた。

 前日の25日の夕方、福山の街を自転車で走ってみようと思った。中学と高校の6年間、広大付属福山中高等学校に通ったが、福山駅と学校の間の2,3のルート付近しか福山を知らない。そこで、最も良く通ったルートを走ってみようとした。始めは駅近くの商店街を通るが、40年以上前とは大きく変わっており、本当にこの道を歩いていたのかと思うほど。学校のあった跡地は、現在、緑町公園となっている。学校の正門がどこに有ったかは、正門に続く道などから、すぐに分かった。懐かしかった。既に1995年頃に、ローズ・アリーナ等の施設がここに出来ていたが、緑町公園に来たのは今回が初めて。

[天満屋(デパート)の角から福山駅を見る。背後に、福山城が覗いている。]
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[学校の正門があった付近から緑町公園を見る。]
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[緑町公園内のローズ・アリーナ。]
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by utashima | 2012-05-28 22:25 | イベント | Trackback | Comments(0)

畳裏返し

 我が家は1995年に新築し、今年で17年経った。12年目頃に畳表替えをし、それから約5年後の今日、畳裏返しをした。畳替えをあまり知らなかったので、こちらのサイトで勉強した。

 畳替えには、以下の3つがある。
(1)畳新調
   畳床と畳表の全てを新規に替える事。
(2)畳表替え
   畳表だけを新しいものに取り換える事。
(3)畳裏返し
   畳表を裏返して再び使う事。表が日焼けしていても、裏はまだ青いので使える。

我が家は、新築から数年後に行なうべき畳裏返しをやっていない。新築から12年目頃に畳表替えをした。今回の畳裏返しから5年経つと新築から22年となる。その頃には、畳床が寿命となる可能性があり、次回は畳新調となるかも知れない。
by utashima | 2012-05-01 18:55 | イベント | Trackback | Comments(0)