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新凍結軌道による超低高度衛星の軌道保持

 野田篤司氏を中心とする私達のグループは、2006年秋から、イオン・エンジンの連続噴射によって大気抵抗をキャンセルして超低高度を飛行する衛星(以下、超低高度衛星と呼ぶ)の検討を開始した。超低高度として、200km前後の高度を想定していた。検討の始めに考えていた利点は、例えば高度800kmの衛星に搭載した光学カメラ(分解能1m)を超低高度衛星に搭載すれば、25cmの分解能を実現できる、という事だった。更に考えて行くと、アクティブ電波センサーにおいて、高度を下げるという事は、大きな意味がある事に気付いた。単純なレーダーでは、対象物との距離の4乗に比例する電力が必要となる。ALOS 等の地球観測衛星に搭載されている合成開口レーダ (SAR) では、高度の3乗に比例する電力が要求される。高度を 1/4 にすれば、必要な電力は 1/64 にまで小さく出来る事を意味する。このような利点に気付いた我々は、何とか高度200km程度の飛行を実現させたいと考えるようになった。

 我々は始めに、200km付近の大気密度を調べて、どの程度の推力を連続して出せれば飛行できるか、その際、年間どの程度の燃料が必要か、を検討した。その結果、高度180km程度までは可能性があるとの結果を得た。

 その頃、ヨーロッパが、GOCE という超低高度を飛ぶ衛星の計画を進めている事を知った。GOCE は地球重力場を精密に観測する科学衛星であり、大気抵抗を完全にキャンセルする事を要求されていた。そのため、Drag-Free システムという複雑なシステムを搭載する事になっている。これは、時々刻々の非保存力(大気抵抗や太陽輻射圧)を精密に検出し、イオン・エンジンの推力を微調節して、非保存力を完全に打ち消し、衛星があたかも重力場のみに従って運動するようにするものである。
 日本においては、Drag-Free システムの経験はない。将来の色々な科学ミッションには、必要となってくるシステムであると思うが、我々が考えている超低高度衛星には、大気抵抗を時々刻々完全にキャンセルする必要はないと考えていた。通常の地球観測ミッションを想定すれば、Drag-Free システムは必須ではない。そこで、それを用いないで超低高度を飛行させる事を考えた。

 平均高度(軌道1周間の高度の平均)をある幅に保持する事は、当然必要である。もう一つ気になっていたのが、軌道の形の保持、離心率の保持である。地球観測衛星では、「凍結軌道」というものが、採用されている。「凍結軌道」というのは、地球重力場の非球対称性を利用した、離心率ベクトルがほぼ固定される軌道であり、本ブログのこの記事にもう少し詳しく記している。軌道1周間の高度変化が固定されるため、地表の観測には都合が良い。超低高度衛星でも、「凍結軌道」を実現できるかを先ず考えた。

 そこで、離心率ベクトルに作用する外乱(超低高度衛星では新たに大気抵抗が加わる)を考察することで、離心率ベクトルの安定な釣り合い点である「新凍結離心率ベクトル」を見出した。従来の凍結離心率ベクトルは中立安定なのに対し、新凍結離心率ベクトルは自然にそこに収束する正の安定性を持つ。そのため、単に平均高度を保持するだけで、平均離心率ベクトルは新凍結離心率ベクトルに収束する。更に、新凍結離心率ベクトルは、従来の凍結離心率ベクトルよりも絶対値が小さい。つまり円軌道に近い。2006年12月頃、この点まで検討が進んだ。この「新凍結離心率ベクトル」を実現する軌道を「新凍結軌道」と呼ぶ事にした。Drag-Free システムを使わずに、簡単な制御則で超低高度軌道を保持できる見通しが得られた。

 その後、実証衛星を打ち上げよう、という方向に話が進んだ。実証衛星に搭載するイオン・エンジンに、細かいスロットリング機能を持たせるのはコスト的に問題である。その時、イオン・エンジンの専門家の長野氏が、オンオフ制御で軌道保持できないか、と提案された。頻繁なオンオフ制御は、イオン・エンジンの寿命に心配があったが、放電電源は常時オンとし、ビーム電源のオンオフで推力のオンオフを実現する事で寿命問題は解決した。ハードウェアとしては問題ない事が判り、STK/Astrogator を使ってシミュレーションする事にした。

 新凍結軌道の保持制御では、単に平均高度をある範囲に保持するだけで良い。平均高度をある程度正確に簡単に知る方法は、GPS受信機から得られる接触軌道要素を1周回分集めて単純に平均する事である。この事から、オンとオフの各期間は、軌道周期の整数倍に制限すべしという制約が出て来る。この制約は、平均離心率ベクトルにノイズ的な動きを生じさせない点でも有効である。ここまでの検討で、オンオフ制御の制御則が決まり、シミュレーションを行なった。その結果、オンオフ制御でも全く問題なく、新凍結軌道の保持ができる事が判った。

 2007年10月29日に札幌で開催された宇宙科学技術連合講演会にて、『新凍結軌道による超低高度衛星の軌道保持』というタイトルで講演した。以下、その時に使用したプレゼンテーション資料を掲げる。

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by utashima | 2007-10-31 20:57 | 宇宙機の軌道設計/ 解析 | Trackback | Comments(8)
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Commented at 2007-11-03 10:16
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ryk at 2007-11-05 11:07 x
読売新聞の記事はたまたま読んでいたのですが、この件はutashimaさんがやっていらしたんですね!難しい話はわかりませんがすごいです。イオンエンジン分野でますます日本が最先端を進んでいくべく、ぜひがんばってください。あと、せっかくなので私のブログにこちらへのリンクを貼らせていただきました。
Commented by utashima at 2007-11-05 19:41
応援、有難う御座います。この1年、楽しんで仕事をやって来ました。
リンクを貼って頂き、有難う御座います。私も「rykさんの日記」へのリンクを貼らせて戴きました。
Commented by Ivan Ivanovich at 2011-01-12 12:34 x
初めてコメントさせて頂きます。
「極低軌道の地球観測衛星」というキーワードで検索をして、こちらの記事にたどり着きました。
技術的なことについては門外漢ながら、このような軌道に乗るミッションがぜひ実現されて欲しいと感じました。

しかし、こういった軌道に乗る衛星は、原子状酸素による機体への影響が大きいのではと危惧致します。
そのような現象について、衛星に使用される資材の試験片などを用い、実際の影響を観測するようなミッションというのは計画されるのでしょうか?
計画される場合、それは記事でも触れておられた実証機とは別の衛星等になるのでしょうか?

記事の本筋と離れた質問を、不躾にしてしまい申し訳ありません。
何卒、ご教授頂けます様、お願い致します。
Commented by utashima at 2011-01-12 19:22
超低高度衛星に関心を持って頂き、有難う御座います。
現在、私たちは「超低高度衛星技術試験機(SLATS;Super Low Altitude Test Satellite)」という衛星の設計開発を進めています。SLATSは、原子状酸素(AO)の高度分布計測やAOの材料への影響調査も大きな目的としています。この記事の実証機がSLATSという事になります。
SLATSにおいてAOモニタをどのように行なおうとしているかは、例えば以下の論文をご覧下さい。

青山和広他, "SLATSの原子状酸素モニターについて," 第54回宇宙科学技術連合講演会講演集 JSASS-2010-4276, 2010年11月.
Commented by tanaka at 2015-09-13 01:57 x
超低軌道衛星について興味を持ちこちらにアクセスしました。最近欧米でもう少し高度の高い低軌道に通信衛星を数百打ち上げるデジタルディバイド解消のプロジェクトがありますが、素人の想像ですが超低高度衛星の方がコストをより下げられる可能性があるのでないかと感じました。技術的にはどうなのでしょうか?日本の衛星開発技術は優れていますが商用展開にはコストも大切だと思います。あと、あまり頻繁な衛星入れ替えも大変なので10年くらい運用できるといいと思いました。
Commented by utashima at 2015-09-13 23:30
デジタルディバイド解消の通信衛星constellationは、高度1000km位を狙った計画は見た事があります。この辺りは、デブリが最も多い領域ですので、止めて欲しいなと思っています。電気推進系を使わずに軌道保持した衛星としては、TRMM(熱帯降雨観測衛星)の高度350kmが最低高度だと思います。デオービットに失敗しても25年以内に落下させるためには、高度500km位より低い軌道が望ましい。

デジタルディバイド解消の通信衛星constellationは、電気推進系を使わないならば、高度350km~500km位の範囲で計画するのが良いと思っています。電気推進系を搭載すると、高度を300km位より低くでき、地上との距離が縮まるので通信のための電力を少なくしたり、通信速度を上げたりできそうですが、全球をカバーするには必要な衛星数が多くなり、電気推進系自体もコストが掛かるので、どちらが低コストになるか、私には分かりません。

私の夢は、複数(1桁)の超低高度衛星を高度200~300kmで運用し、20~30cm分解能の画像を毎日撮り続けて、世界に公開するシステムの作成です。
Commented by tanaka at 2015-09-15 15:57 x
貴重な技術情報ありがとうございます。現在低軌道衛星のプロジェクトが2つありますが、確かに両方とも1000km前後です。それでも数百・数千基の衛星が必要になるので、それ以上高度下げるとカバレッジ・事業リスク負担がより大変だからなのかもしれません。デブリは通信業界でも話題です。超低高度衛星画像撮影システムの実現の成功お祈りしています。私はインターネット網をアジアの端まで繋げるため海外を拠点にしていますが日本の海外展開の課題はコストなのでシンプルさがキーになると思います。


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