JPL に滞在した20年前の日記を読み返した(7)

 1987年7月末から9月末までの事を記す。

[Synergetic Plane Change Maneuver の研究関係]
 7月22日に、当初計画していた Synergetic Plane Change Maneuver の解析作業を終えた。その後、報告書の作成に取り掛かるが、この時点では、以下の検討もしたいと考えていた。
  (1)今回は近似解を得たが、真の最適解を求めたい。
  (2)大気密度を±30%変えた時の解を求め、ノミナルの場合の制御と何がどのように異なるかを調べる。これは、次の guidance の研究に繋がる。

しかし結局、これらを実施する事はなかった。

 約1週間後の7月30日に研究の報告書が完成した。その日に、Dr.Mease が私の区画に来て、以下の追加作業を依頼した。
  (1)傾斜角変更量を30度とした場合の計算(それまでは、20度であった)
  (2)空力加熱率の制約値を変えた計算(制約値が∞の場合を含む)
  (3)推進系だけで面制御をした場合との比較 

(2)の解析では、空力加熱率の上限制約が異なると、大気圏のどこまで潜り込むかが変わる。すると、大気抵抗の大きさが大きく変化する可能性があるため、積分誤差の評価を再度行なわねばならない。問題があれば、ソフトを改修するか、新版を作成する必要がある。

 なお、Dr.Mease は、9月1日からアメリカ東部の Princeton University に移る事になった。その後、現在の所属である University of California, Irvine に戻っている。

 下に記したように、9月14日~9月20日まで、家族でドライブを楽しんだが、21日に JPL に出勤してみると、プリンストン大学に移った Dr.Mease から何度か電話があったようだった。こちらから電話してみると、Synergetic Plane Change Maneuver の研究を Conference で発表するための図や trajectory の各場所の情報(高度や速度など) を送って欲しいという事だった。

[研究以外の JPL での活動]
 NASDA の静止衛星 ETS-V の打上げ支援のため、筑波宇宙センターから2名が7月31日にロサンゼルスに到着。ロサンゼルス国際空港 (LAX) に出迎えに行った。Pasadena のモーテルに check-in した後、私も一緒に近所のレンタカー店に行き、Mazda 626 を借りる手伝いをした。なお、Mazda 626 は、日本名「カペラ」である。「ファミリア」は 323 と呼ばれていた。

 ETS-V の打上げは、8月20日の予定であったが、2回スリップした後、24日以降に延期となった。その時聞いた話では、H-1 ロケット第2段の液体酸素タンクの圧力センサー異常らしい。この H-1 ロケットは、3段式としての初号機であった。2段式での初打上げは、1年前に成功していた。ETS-V は、8月27日2時20分(ロサンゼルス時間)に打ち上げられた。私も、前日の夜から JPL に出ていた。2段カットオフまでのデータに3段のノミナル増速量を加えた軌道、DSS 66 (26m) のアンテナ角度のノミナルからのずれ、打上げ1時間後の JPL の軌道決定値、の3つの情報は、どれも ETS-V が-3σ の軌道に入った事を示唆していた。打上げ6時間後の JPL の軌道決定値も同様であった。第3段の固体モータは予測通りに燃焼したようだ。1,2段の guidance が悪かったようだ。AMF (Apogee Motor Firing) は第7アポジで行なう事になった。

 AMF は8月29日に精度良く実施された。翌30日は、Efron 氏の自宅でパーティが開かれ、私と家族も、筑波から来ていた2名と共に参加した。Efron 氏の自宅にはプールがあり、私も泳いだ。筑波からの2名は、9月2日に帰国した。

[仕事以外の事]
 8月13日の JPL からの帰りに、FreeWay 上で Accord の加速が悪くなり、30~40 mile/hour までしかスピードが出なくなった。Sierra Honda という店で修理してもらった。マフラーがダメになっており、新品のマフラーに交換した。

 9月10日からは、長男は小学1年生として、Holly Avenue Kindergarten と同じ敷地にある小学校に通い始めた。また、この日に、家内の両親がロサンゼルス国際空港に着いた。9月14日からのサンフランシスコ経由ヨセミテ ドライブ旅行(7月に途中で中止したドライブのやり直し)に参加するため。

サンフランシスコ経由ヨセミテ ドライブ旅行(全行程のGoogle Maps)
 9月14日~20日まで、表記の旅行に出かけた。参加人数が増えて ACCORD では乗り切れなくなったので、FORD Country Squire という 5000cc のワゴンを借りた。私が運転した中で最大の排気量の車である。旅の期間のモーテルの予約は、AAA (American Automobile Association、日本の JAF と似た組織) で行なった。

9月14日
 前回と同じく San Simeon のモーテルに泊まった。前回とは違って海に面したモーテルであり、海に沈む太陽を眺める事ができた。Hearst Castle は前回見たので、両親には申し訳なかったが、行かなかった。夜、9時頃から2~3時間、停電となった。近所の他のモーテルも電気が消えていた。前回も San Simeon のモーテルで次男が体調を悪くしており、この街とは相性が良くないのかも。

9月15日
 太平洋に面した1号線を北上し、カーメルの町で昼食を摂った。カーメルは芸術家の町とも言われているが、何日ものんびりしたいような綺麗な町だった。17 mile drive という名前の観光道路を走った。すぐ近くに、モントレーという町がある。ここは、映画『エデンの東』で有名。でも、当時はその映画を観てなく、何の感慨もなく通り過ぎた。20年後の2007年7月に DVD で初めて『エデンの東』を観て、その事を知った。夜7時頃、サンフランシスコの Galleria Park Hotel に着いた。リンク先の地図を見て頂くと分かるが、大都会の中のホテルであり、その駐車場に辿り着くまでがちょっとした苦労だった。そのホテルのある通りは判ったが、地下の駐車場への入り口が判らない。車を停めて歩いて探すのが良かったかも知れない。その時は、同じ道を数回も回って地下駐車場の入り口を見つけた。チェックインの後、近所の日本食レストランで夕食を摂った。

9月16日
 午前中は、Golden Gate Bridge を通って対岸に渡り、写真を撮った。それから、Fishermans Wharf に行き、Seafood で昼食。午後は、市内観光のバスに乗ったり、第2次大戦時の潜水艦に入ったり。サンフランシスコの坂道は、想像していた以上に急勾配で、運転が少し怖い程。夕方は、Twin Peaks へ。サンフランシスコの町の南にある双子の山である。

9月17日
 Bay Bridge を渡って、ヨセミテに向かった。木が全くなく、黄色に近い低い山が連なっている。そこに、3枚羽根の風車が数百基も設置されていた。風力発電をしていると思われる。今、ネットで調べると、5000基以上あると書かれている。上にリンクした Google Maps を拡大して、風車群を見て下さい。20年前の日記を読むまでは、この辺りで多数の風車を見たことを忘れていた。日記には正確な場所は書いていない。ネットで「風車群 サンフランシスコ郊外」と入力して検索すると、場所が判った。午後3時頃、Yosemite View Lodge に着いた。リンク先の写真を見ると、当時の思い出が蘇って来る。

9月18日
 ヨセミテ国立公園の中に入った。午前中は車で谷底をゆっくり走った。午後は、車で1時間ほど走って、谷を見下ろす場所 Glacier Point に行ってみた。ここからの眺めは、凄かった。上にリンクした Google Maps を見ると、Glacier Point や Half Dome もマークしているので、すぐに判ると思います。更に、画面右上の「KML」をクリックすると、Google Earth をインストールしていれば、3次元の衛星画像を色々な方向から見る事ができ、ヨセミテのダイナミックな風景を楽しめると思います。
 夕方、近所のスーパーマーケットで食料品を買ってきて、Lodge の裏庭で食事を楽しんだ。

9月19日
 帰路に就き、Visalia の Astri Motel に一泊。その場所は覚えいなかったが、ネットで調べるとすぐに判った。Google Maps にマークを付けておいた。ここには、プールがあり、みんなで泳いだ。

9月20日
 午後1時30分頃、無事に Arcadia の家に着いた。

*****************
20年前の簡単な日記を読みながら旅行記を書いたが、ネット検索や Google Maps/ Google Earth のお陰で、記録の不備をある程度補う事ができた。

 (その8) に続く。
by utashima | 2007-08-04 23:04 | イベント | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://utashima.exblog.jp/tb/6588390
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


<< 電球形蛍光灯の寿命 4段で3ヶ月目に入る(過去最長) >>