JPL に滞在した20年前の日記を読み返した(6)

 今回は、1987年2月頃~7月頃の個人的な生活について記す。

 私が朝車で JPL に出勤してから午後6時頃に帰宅するまで、家族は近所を散歩する他は出かける事ができない。家内も国際運転免許証を持って来ているが、我が家の唯一の車を私が使っているため。そのため、殆ど毎週の週末は、ロサンゼルス近郊の名所や観光地に家族全員で日帰りドライブを楽しんだ。FreeWayを使って行くが、文字通り free なので交通費は廉いガソリン代だけ。それに、日本と違って、土日でも殆ど渋滞がなかった。

 しかし、楽しいばかりではなかった。見知らぬ場所に行くので、事前に地図で道路を確認しなければならない。前日の夜は、地図を見て、翌日走るコースを検討する。コースが決まったら、FreeWay を乗り換える場所で左右どちらのレーンに入っていなければならないかを調べる。その結果を頭に入れるために、ルートとレーン・チェンジの概略を紙に書き出す。ここまで準備をして、翌日出かけた。家内は外の景色を楽しむだけで、殆どナビゲーターをしてくれないので。

 このリンク(Google Maps) に、観光で出かけた場所を記した。以下に、出かけた主な名所/観光地を掲げる。

Knott's Berry Farm
 ディズニーランドと意外と近い場所にあったのだな、と再認識した。2回出かけた。
ディズニーランド
 ディズニーランドへは3回出かけた。なお、私は、東京ディズニーランドには、まだ行った事はない。
Exposition Park
 ここの自然博物館に行き、恐竜を見て来た。近くに、City of Los Angeles というジェット旅客機が置いてあり、子供たちは、ジェット・エンジンの大きな空気取り入れ口に入り込んで喜んでいた。上にリンクした Google Maps を拡大してみると、超音速偵察機 SR-71 のような形のジェット機が見える。ここを見ると、2003年頃から展示されているようだ。日記には書いてなかったが、こうやって調べていると、この敷地にある California Science Center の Air and Space Exhibits にも入り、沢山の展示物を眺めた事を思い出してきた。なお、Exposition Park には、1984年に開催されたロサンゼルス オリンピックのメイン会場もある。
リトル東京
 4月12日(日)に、初めてリトル東京に出かけた。ロスに到着2日後の1986年10月27日に、ダウンタウンにある銀行に行き、口座を開設したが、この時、帰路で1度道に迷った事があり、それ以来、ダウンタウンへは、必要がない限り行きたくなかった。しかし、約半年経ち、ロスの街にも幾分慣れてきたので、日本人街に行って見ようという気になった。1日停めても2ドルという廉い駐車場もあり、その後、何度か出かける事になる。
・サンディエゴへの1泊旅行
 5月23日(土)からサンディエゴへの1泊旅行に出かけた。ホテルの予約をしないで出かけた。ちょっと高かったが、Mission Blvd の Pacific Terrace Inn に1泊 165 ドルで泊まった。2年前の1985年に open したばかりだった。太平洋に面した綺麗なホテル。現在は、Pacific Terrace Hotel と改名されていた。その日は、夕方まで海沿いに南下して、Cabrillo National Monument などを見物した。サンディエゴは、綺麗な町だった。翌日は、Sea World を楽しんだ。
Universal Studio
UCLA

 1987年4月5日(日)の午前(多分)2時が3時に進められた。Daytime saving time の開始であった。1986年10月末にロサンゼルスに到着した時は、丁度通常時間に戻った直後だったし、元々日本からの大きな時差の移動を伴っていたので、1時間の違いの影響は感じなかった。しかし、4月5日に強制的に1時間進められた事の体への影響は、約1週間続いた様に記憶している。この厭な経験から、私は夏時間の導入には反対である。

 4月の末に、家内の親友(女性)が新婚旅行でロサンゼルスに来られた。私がハリウッドのホテルまで二人を迎えに行き、Arcadia の我が家で食事を共にした。夜11時頃、ハリウッドのホテルまで送り届けた。Hollywood FreeWay は初めて走ったので、一度道を間違え、一旦 FreeWay を降りて反対方向の FreeWay に入り直して、目的のホテルに無事に送り届ける事ができた。

 7月11日(土)から 1週間の予定のドライブに出かけた。西海岸に沿ってサンフランシスコまで走り、ヨセミテに回って内陸部を南下してロサンゼルスに戻るコースである。Solvang で昼食を摂り、San Simeon のモーテルにチェックイン。すぐに、Hearst Castle へ。1号線の近くにツアーバスのターミナルがあり、そこから約10km 内陸にある Hearst Castle へバスで向かう。昔のメディア王の別荘らしい。モーテルに戻って寝たが、2歳5ヶ月の次男が12時頃から泣き始め、フロントから苦情が数回来た。外の車の中で泣き止むのを待ったり。次男の体調が悪いと判断し、このドライブを中止して翌日に帰路についた。

 なお、Hearst Castle へのバス・ターミナルにあった Fast Food 店で軽い食事をしたが、食後にお盆を返却する時に、「この盆を1つ売って欲しいのですが。」と聞くと、店員さんは、「料金は要らない。持って行って良いよ。」という返事。その盆の左下には、Hearst Castle の文字と絵が描かれている。20年後の今も我が家で使っている。

 (その7) に続く。
by utashima | 2007-07-24 15:34 | イベント | Trackback | Comments(0)
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