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『遠い思い出』5編を作成

 私は今年65歳。最近は、子供達に何を残せるかと考える事がある。すると、父の事を思い出す。父は9年前の2007年に88歳で亡くなった。父は尾道市向東町の歌(向島の東の端)という地区に生まれ育った。父の子供時代の事は、殆ど知らない。唯一父から聞いた話は、子供の頃、歌から対岸の尾道まで泳いで渡ったという話。誰でも同じと思うが、自分がまだ40代、50代の頃は、父から昔の話を聞きたいと思う事はなかった。仮に今父が生きていても、記憶が曖昧で話せないのではなかろうか。

 私は子供達にお金を残す事は出来そうにない。だが、自分の記憶はしっかりしているので、私の子供の頃から現在までの思い出を残そうと考えた。私は中学生と高校生の時、日記を書いていた。九州大学に進学した時、それまでの日記は尾道の家に置いたままにした。20年位前に母から「日記を送ろうか」と聞かれた時、「要らない。処分して。」と答えてしまった。今思うと、残念な事をした。大学時代は日記を書いていなかったが、結婚前から再び日記を書き始め、現在まで続けている。

 数年かけて、以下の5編の『遠い思い出』を作成した。

(1)『遠い思い出(6歳~29歳までの記憶)第2版』
 この期間は、上記の様に日記を廃棄していたので、記憶に頼って作成した。初版は2008年に作成し、尾道の母に送っている。2008年に作成した時、小学3年まで住んだ日立造船の社宅の間取りを思い出して懐かしかった。その後、高校卒業まで住んだ向東町彦の上沖の住居の間取りも思い出して描いた。この住居は、兄が立て替えたので、残っていない。

(2)『遠い思い出(結婚~鳩山転勤まで)』
 1980年に結婚してから、1990年に埼玉県鳩山町に異動になるまでの思い出。

(3)『遠い思い出(鳩山時代の記憶)』
 1990年から1995年までの鳩山町に住んだ思い出。

(4)『遠い思い出(筑波復帰〜学位取得まで)』
 1995年に筑波宇宙センターに戻り、2001年に博士号を頂くまでの思い出。

(5)『遠い思い出(2001年4月~2016年まで)』

以上の5つはスマフォに送れるように、各々約2MB以下のファイルとし、家内と3人の子供達にメールで送った。
by utashima | 2016-09-29 23:11 | イベント | Trackback | Comments(0)
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