1996年8月、David S. McKay らによる「火星由来の隕石中に生命の痕跡を発見」というニュースが世界を駆け巡った。当時アメリカは Mars Surveyor Program を推進しており、火星探査、特に火星からのサンプル・リターンが注目された。この頃のアメリカの火星探査では、1996年11月に Mars Global Surveyor の、12月に Mars Pathfinder の打上げが予定されていた。 (実際に予定通り打ち上げられ、共に大成功を収めた。MGS は現在も観測を続けている。) その後も、26ヶ月毎の火星への飛行チャンスの度に2 機の探査機を送り込む事を計画していた。これら一連の計画の締め括りが、2005年を想定した火星サンプル・リターンであった。David S. McKay らの発見により、火星サンプル・リターンが2003年に早められるかも知れないといった情報もあった。しかし、Mars '98 mission の2 機の探査機 (Mars Climate Orbiter, Mars Polar Lander) が共に失敗し、Mars Surveyor Program はその時点で終了となり、2000年に新しい計画 Mars Exploration Program が発表された。現在の NASA の火星探査はこの計画に基づいて実施されており、2011年頃に火星サンプル・リターンを計画している。
1995年に、NASDA でも火星探査の技術検討を行なった以下の報告書を発行している。 『月・火星探査段階の技術検討』, 宇宙開発事業団技術報告 NASDA-TMR-950001, 1995年2月.この報告書の火星サンプル・リターン計画は、火星遷移軌道に9.6トンを乗せると言う大型のものであった。H2 ロケットだけを使うと(上段ステージを追加しないという意味)、火星遷移軌道に投入できる質量は約2トンである。上記の報告書の計画は、H2 ロケットで低高度に打ち上げた9.6トンの火星探査機を、H2 ロケットの約2倍の能力の大型ロケットで打ち上げた OTV (軌道間輸送機) で火星遷移軌道に投入するものであった。 以下、本題 1996年頃、NASA の New Millennium 計画に触発されて、NASDA でも超小型宇宙機の研究が行なわれていた。私は、近い将来に可能になるであろうこのような小型化技術を使う事で、H2 ロケット1機での火星サンプル・リターンが可能になるのか、可能とするためには、どの程度の軽量化が必要なのかを調べてみた。 火星への往復では、以下の4通りの方法が考えられる。/ の前は火星への降り方を表わし、/ の後は火星からの帰還方法を表わしている。 (1) OE / MOR (Out-of-Orbit Entry / Mars Orbit Rendezvous) (2) OE / DR (Out-of-Orbit Entry / Direct Return) (3) DE / MOR (Direct Entry / Mars Orbit Rendezvous) (4) DE / DR (Direct Entry / Direct Return) OE はいったん火星周回軌道に乗った後、deoebit して火星に下りる方法であり、DE は Mars Pathfinder 以降の火星着陸ミッションが採用しているように、火星への遷移軌道から直接火星表面に降りる方法である。MOR は帰還時に火星周回軌道上で待機していた宇宙機とドッキングしてから、又はサンプルをその宇宙機に引き渡してから地球に向う方法であり、DR は火星表面から打ち上げられた帰還宇宙機がそのまま地球に帰って来る方法である。 その他の選択肢としては、帰りの推進剤 (酸化剤) を火星の大気を利用して現地調達するかどうか、というものがある。火星大気は二酸化炭素 (CO2) が主成分なので、これから酸素を取り出して利用する。これは、In-Situ Propellant Production (ISPP) と呼ばれている。1996年当時、NASA では ISPP の研究が既に始まっていた。そして、これを使用するかどうかは、2002年6月までに決断するとしていた。 私は、OE / MOR の方式を採用した。理由は、以下の通り。ISPP は使用しない事にした。 (1) DE は着地点選択の自由度が小さい。 (2) Direct Return は、ISPP を用いない場合、火星重力圏脱出用燃料までも火星表面に下ろして再び火星周回軌道まで上げる事になり、損失が大きい。但し、MOR は火星周回軌道での自律的なランデブ、サンプル受け渡しという高度な技術が必要となる。 (3) OE / MOR には、将来、複数のランダーを異なる地点に降下させ、それらが採取したサンプルを1機の帰還機で地球に持ち帰る事が可能になるという利点がある。 OE / MOR を採用する事で地球出発から帰還までのシーケンスは殆ど決まった。なお、火星周回軌道に入る時は、今まで米国も実績はないが AeroCapture + AeroBraking を使用するとした。火星着陸機には、火星打上げ機とローバが付いている。以下に、幾つかのフェーズのポンチ絵を掲げる。 以下に全フェーズの質量変化図を掲げる。 MOV : Mars Orbiting Vehicle (図2.4の左の宇宙機の外枠部) MAV : Mars Ascent Vehicle MLV : Mars Landing Vehicle (MAV と Rover が搭載されている) MES : Mars Entry System (MLV をすっぽり覆う aeroshell 部と火星周回軌道から deorbit するための推進系とから成る) ERV : Earth Return Vehicle (図2.4の左の宇宙機の中央部、これが地球に向う。) REC : Re-Entry Capsule (地球大気に突入するカプセル、20kg。1kgのサンプルを持ち帰る。) 火星遷移軌道上の初期質量が約900kg となった。推進剤のマージンを20%入れて、約1100kg がこの検討の結論である。 1996年の JPL サイトから得た情報では、米国は火星サンプル・リターンの方式として、DE / DR を考えていた。火星遷移軌道に投入すべき質量は、ISPP を使用しない方式では1490kg, 使用する方式では 940kg と見積もっていた。2011年を想定した計画がどんなものか、楽しみである。 この検討は、以下の資料にまとめた。 歌島, "H2 ロケット 1機による火星サンプル・リターン計画," GAS-96047, 1996年11月.
by utashima
| 2005-08-14 12:33
| 宇宙機の軌道設計/ 解析
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Comments(7)
いつもBlog楽しく拝見しております。SHUNです。
探査機の軌道計算が全然詳しくないのですが、少し疑問に思ったことがあります。 火星のサンプル・リターンにしても、火星の有人探査にしても、打ち上げから帰還まで、最短期間はどのぐらい必要でしょうか? 火星が地球と接近した時に探査船を打ち上げ、約6ヶ月かけて火星へ着陸し、探査を行います。しかし、6ヶ月間だと火星が地球と離れてしまい、もう一度地球へ戻るには、地球と火星の接近を待たなければなりません。私の認識はこんなんですが、合っているのでしょうか?
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往路か復路のどちらかを燃料を余分に使う短期間の遷移軌道を採用すれば、火星で短期間の滞在が可能になったと思います。余分な燃料と火星滞在期間の値は、手元に資料がないのでご返事できません。私の記憶では、滞在期間は1,2週間が限界だった様に思います。帰路において地球と火星の位置関係が良くない場合でも、金星swingbyを利用すれば帰還できる場合もあるようです。いずれにしても大変なので、このブログの別の記事「小型宇宙機によるフォボス探査計画 1996年」では、450日間火星で待機するとしています。
早速の返事ありがとうございます。
短期間の火星滞在は余分の燃料を持っていくか、金星スウィングバイを利用するかですか、いずれにしても大変そうですね。 行けることがわかったので、参考として大変助かりました。改めてお礼申し上げます。
9月18日の私の回答で述べた「往路か復路のどちらかを燃料を余分に使う短期間の遷移軌道を採用すれば、火星で短期間の滞在が可能になったと思います。」の根拠の論文は見つかっていませんが、別の論文で以下のような軌道が載っていました。
(1)往路 5.5ヶ月 (2)滞在 1ヶ月 (3)復路 7.5ヶ月 復路では、金星軌道の少し内側まで入り込み、近日点付近で500m/s程度のspace burn を行います。金星swingbyを使うよりは、チャンスが多いと思います。
わざわざ調べて頂き、本当にありがとうございます。
質問ばかりで大変申し訳ありませんが、この場合、space burnを行うために、より多く燃料積まなければならないと思います。一体どのぐらい多くの燃料が必要でしょうか?やはり、探査機にかなりの軽量化が必要となるのでしょうか?
500m/s の space burn を比推力320秒の二液式推進系(一般的なものです)で実施すると、直前の宇宙機全質量の約15%の推薬を消費します。タイミングを合わせて金星swingbyを行なう事ができれば、この分の推薬は不要になります。
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