1992年の夏、この研究が開始された。
リモートセンシング技術センター(
RESTEC)の輿石氏と航空宇宙技術研究所(NAL, 現在はJAXA)の松島氏が中心となって始められた「フォボス探査研究会」にその年の7月から参加させて戴いた。フォボスは火星の第一衛星であり、火星の重力に捕らえられた小惑星ではないかと言われている半径約10kmの小天体である。この研究会の目的は、この小天体の周りを回る宇宙機を実現して、フォボス全球を高精度(分解能1m程度)に観測する事であった。
フォボスは1970年代のマリナー9号やバイキング・オービターによりフライバイ軌道から観測され、分解能100m程度の地図が作成されていた。1980年代末に旧ソ連がフォボス・ミッションを実行したが、失敗に終わった。
分解能1m程度となると、宇宙機軌道のフォボスとの距離はおよそ数十kmとなる。火星-フォボス系におけるフォボスの作用圏半径を評価すると、約7.8kmとなり、フォボスの外側は全て作用圏の外になる事が判った。太陽-地球系で言えば、地球の作用圏半径は約90万kmなので、地球から約600万kmの所で地球の周りを回す事に相当する。軌道の概観を図1に示す。火星中心の慣性系で眺めた図である。
図1 擬周回軌道の慣性系での平面図
図1の宇宙機の軌道を、小衛星(フォボス)中心固定座標系で表現したものを図2に示す。
この軌道の中心力はフォボスではなく火星重力であるが、図2のように、フォボスの周りを周回しているように見える。そこで、この軌道を
擬周回軌道と名付けた。フォボスの極付近も観測したいので、傾斜角を大きくしてみた。すると、軌道が不安定になり、フォボス周りから離脱してしまった。色々な軌道を数値積分してみると、図2の座標系での相対傾斜角が45度付近になると不安定になってしまう事が判った。ここまでは、研究を始めて数ヶ月位しか掛からなかった。安定限界に近い相対傾斜角45度位の軌道からフォボスを観測するプランを色々作ったが、何故不安定になるのか、判らなかった。一時はカオスではないかと思った事もある。静止軌道や低高度の地球観測軌道などで使われる摂動解析の方法を適用してみたが、複雑になって解析的には解けそうになかった。
作用圏境界軌道の共鳴安定性(2)に続く。