TRMM の Frozen Orbit への大気抵抗の影響  1990年

 1990年4月に、茨城県つくば市の NASDA 中央追跡管制所から、埼玉県比企郡鳩山町の地球観測センター (EOC) に異動になった。ADEOS(地球観測プラットフォーム技術衛星「みどり」、1996年8月打上げ、約10ヵ月後に機能停止) と TRMM(熱帯降雨観測衛星、1997年11月打上げ、運用中) からの観測データを研究者達に有効に利用して頂くための仕事の他に、これらの衛星の軌道解析の一部も行なった。この記事で紹介するのは、TRMM 凍結軌道への大気抵抗の影響についてである。なお、TRMM は2004年に運用を停止する決定が一度なされたが、運用継続を望む声が多く、現在はまだ運用が続けられているようだ。運用が停止された後は、地球上の安全な場所に落下させる controlled deorbit が行なわれる事になっている。
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 地球観測衛星の凍結軌道というのは、離心率 e と近地点引数 ω がほぼ定数となる軌道の事である。主に地球重力場の J2項と J3項により、離心率ベクトル (ξ、η) (ξ=e cos ω, η=e sin ω) は、(0, ηfrozen>0) を中心とした回転運動を行なうため、この回転中心をミッション軌道の平均離心率ベクトルとして採用する事により、離心率の変動を最小にでき、衛星の高度変動を抑える事ができる。右図を参照。地球観測衛星は殆どこの凍結軌道を採用している。ηfrozen凍結離心率と言い、主に傾斜角によって決まる。TRMM の場合は、0.00064程度である。凍結離心率を採用する理由は、軌道1周の間の高度変動を抑える事ができるため、地表の画像を取得するのに適しているからである。TRMM は active センサーである降雨レーダーも搭載しているため、passive センサーのみの衛星よりも高度変動を気にしている。

 更に、TRMM はミッション軌道高度が約350km と極めて低いため、大気抵抗の影響が、高度700km~800kmの通常の観測衛星に比べて、桁違いに大きい。大きい大気抵抗は、単に軌道高度を低下させるだけでなく、離心率にも影響を与える。というのは、大気密度が地球全球に亘って一様ではないからである。大気密度は、昼側で大きく、夜側で小さい。そのため、衛星は昼側を通過中に大きな減速を受ける事になり、離心率が変化する。TRMM 軌道の場合、この大気抵抗による離心率の変化がどの程度の大きさなのか、軌道高度を350km±1.25kmの範囲に保持するための制御において、離心率制御を考慮した制御時刻(位置)を採用するだけで、高度変動がどの程度増大するか等が気になって解析した。

 初めに、解析的な手法で検討した。簡単化のため、黄道面と地球の赤道面のなす角 23.44 度と、TRMM 軌道の傾斜角 35 度を、共に 0 度と近似した。TRMM 軌道の昇交点から大気密度が最大の点までの角を θ とすると、離心率ベクトルの長期変化率が次式で近似できる。
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 V: 衛星の速度  S: 衛星の断面積  CD: 抵抗係数
 m: 衛星質量   Δρ: 1周内の大気密度差

 J2 項と J3 項による離心率ベクトルの長期変化率に、上記の大気抵抗による長期変化率を合わせると、以下の微分方程式が得られる。K2, K3, KD は、J2、J3、大気抵抗による変化率の項の係数である。
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 この式は、強制振動の微分方程式であり、簡単に解く事ができる。以下に、一般解を示す。
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A, B は、初期値から決まる積分定数である。K3/K2 が、凍結離心率である。以下に、初期時刻において、凍結軌道の状態にあった場合の平均離心率ベクトルの動きを示す。太陽活動極大期の場合である。
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 太陽活動極大期においては、2,3日毎に高度保持制御が必要となり、その間の離心率ベクトルの変化量は 1e-4 程度であり、これによる余分な高度変動として、±1km程度を考えていれば良い事が判った。全ての要因を考慮して、TRMM の1周間の高度変動は、±7km余りであった。

 以上の事を、以下の資料にまとめた。
歌島, "大気抵抗の Frozen Orbit への影響について," HE-90036, 1990年.

 ここまでは、大気抵抗による離心率ベクトル変化に対しては、黄道面と赤道面のなす角や TRMM 軌道の傾斜角を 0 度と近似して解析したが、これらを正確に考慮し、数値積分により、離心率ベクトルの変化を求める検討も行なった。大気密度モデルとして、Harris-Priesterモデルを使用した。太陽電池パドルが太陽を指向する事により、大気抵抗に対しては断面積が変わる事も考慮した。これらは、以下の資料に記した。
歌島, "大気抵抗の Frozen Orbit への影響について(その2)," HE-91007, 1991年.
HE-90036の解析解による検討は、比較的良い近似となっていた。

 以上の事を、日本航空宇宙学会の年会講演会(1991年4月)で発表した時の前刷り原稿が以下である。
歌島, "TRMM の Frozen Orbit に及ぼす大気抵抗の影響," 日本航空宇宙学会 年会講演会, 1991年.
by utashima | 2005-06-05 00:00 | 宇宙機の軌道設計/ 解析 | Trackback | Comments(3)
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Commented by kodama at 2005-06-06 09:18 x
TRMMは日陰中は太陽電池パドルは水平(?)にしてたと思いますが、
HE-91007では考慮されてましたっけ?

ちなみに発電効率が予想より良かったため、パドルを傾けて
空気抵抗を減らす飛行ができたそうです。
http://www.eorc.jaxa.jp/TRMM/document/text2/trmm_usersguide_j.pdf
Commented by utashima at 2005-06-06 21:39
HE-91007では、蝕中だけパドルを空力に対する断面積ゼロの状態に固定する場合の検討もしました。TRMMを作り運用するGSFCとの打合せで私の解析を説明しましたが、GSFCがどのように考えていたか、今では記憶が曖昧です。kodamaさんが紹介された資料を見て、パドルを少し傾けて運用した事を知りました。この資料の表現からは、蝕中だけの特別な操作ではなく、1周に亘ってパドルを傾けていた様に受け取りました。

実は、Dawn-Dusk Orbitという観測地方時6時又は18時の太陽同期軌道を採用すると、蝕中だけでなく常に太陽電池パドルの空力に対する断面積をほぼゼロにできます。すると、高度を100km~200km下げて運用する事ができ、SAR等のactiveセンサーを搭載している場合には、少ない電力で観測できる利点があります(所要電力は高度の4乗に比例)。kodamaさんのSIDUSS(SAR Interferometry Dual Satellite System)でもDawn-Dusk Orbitを考えていますね。
Commented by utashima at 2008-04-17 22:08
> (所要電力は高度の4乗に比例)
SAR の電力は、高度の4乗ではなく、3乗に比例します。訂正します。


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