IAF Congress '93 で訪れた Graz

 1992年の夏からフォボス(火星の第一衛星)探査検討会に参加し、フォボス周回軌道の設計を進めた。予想外の不安定性に気付き、翌年の1993年の IAF Congress にて発表する事になった。学会発表で外国に行くのは、私にとってその時が初めてだった。従って、前以て Graz の街を調べる余裕はなかった。

 先日、NHK から『世界遺産への招待状 (グラーツ歴史地区)』が放映された。この番組を見て、グラーツの歴史の概要を知った。Congress の会場は、歴史地区の中にあり、テレビでグラーツの街を見ていると、当時の記憶がよみがえって来た。

 当時の足跡をグラーツの地図に記した。

 A310に乗り、モスクワ経由でウィーンに行き、FOKKER 50(38人乗りのターボプロップ機)でグラーツに向かった。モスクワでは、機を降りて空港内を歩いたが、どこも電気が殆ど消えていて、寂しい雰囲気だった。グラーツ空港に着いたのは、夜遅かった。学会参加ツアーで行ったので、旅行代理店のチャーターしたバスでホテルに着いた。ホテルは、グラーツ駅前にあったと思う。Congress 会場とホテルの距離は、2km足らずなので、歩いても通えたが、1週間程度使える市内電車のチケットを購入した。

 毎日駅前のホテルから市内電車で歴史地区に入り、Congress 会場に。歴史地区に近づくと、前方に時計塔が目に付く。当時は時計塔を含む一体の小高い山(中世に造られた要塞)の歴史も知らず、ただ遠くが良く見えそうと思って、ある日の午後、歩いて登った。時計塔の近くに売店があり、そこで猫の置物を買ったのを覚えている。観光と言えるのは、この時計塔付近を訪れた事だけで、グラーツからの帰路に就いた。

 帰路の航空機では、オーストリアの女性が横に座っていた。横の女性とはモスクワを経った頃から話し始めた。彼女から東京へ帰るのかと聞いてきた。その後、話が続いた。彼女は生物学者であり、皮膚が専門。京都での会議に出席する。東京へ日帰りの観光もすると言っていた。

 この Congress では、ISAS の川口淳一郎氏の紹介により、ハロー軌道で有名な Prof. Farquhar と話す事もでき、収穫の多い学会出張だった。
by utashima | 2010-09-19 11:36 | イベント | Trackback | Comments(0)
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