真鍋先生の業績

 先日の7月18日に、九州大学工学部航空工学科の教授だった難波先生の同門会に出席させて戴いた。その時に、真鍋先生も少し話題になった。私が航空工学科2年(1971年)の時、助教授だったと思う。航空機の周期運動の講義を受講したような記憶がある。真鍋先生は、目が不自由なため、いつも杖を持って歩いておられた。真鍋先生の事は、1つの講義を受講した以外は殆ど何も知らなかった。

 同門会の後、ネットで調べれば何か分かるかも知れないと思い、Google 検索してみた。比較的すぐに見つかった(ウィキペディア)。ウィキペディアには、以下の業績が書かれていた。

[業績1]屋久杉の樹齢を推定(1978年)
 屋久島に自生する最大級の屋久杉を、過去に伐採された周辺の屋久杉のデータと気候データなどをもとに、樹齢を7,200年と推定したため、以後「縄文杉」と呼ばれるようになった。

[業績2]古代九州の地形図の発表(1980年)
 九州各地のボ-リングでのハイガイ化石調査による放射性炭素年代測定を元に、以下のような古代九州の詳細な地形図を発表。
 (1)博多湾と有明海は太宰府付近を瀬戸にしてつながっていた(真鍋はこれを「針摺瀬戸」と命名)。
 (2)福岡平野,筑紫平野は海底にあり、福岡地方は群島だった。
 (3)島原半島は雲仙岳をいただく大きな島だった。

[業績3]雲による地震の震源捕捉法の考案

・・・など。


 業績2の(1)は、私の以前からの疑問を解消するものであった。その疑問とは、「何故昔から大宰府が重要視されて来たのか」というもの。ネットを調べると、このサイトが見つかった。大宰府は、博多湾と有明海の分水嶺であり、標高は僅か40mらしい。下の今の地図(Google Maps)を見ても、この事が良く分かる。
c0011875_2120464.jpg


 ウィキペディアを見ると、真鍋先生は、16年前の1993年に亡くなられている。ご冥福をお祈りします。
by utashima | 2009-07-28 20:57 | イベント | Trackback | Comments(0)
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