難波研究室同門会に参加

 2009年7月18日(土)17時30分から、水道橋駅近くのホテル・メトロポリタン・エドモントで、難波研究室同門会が開催された。難波昌伸先生は、私が九州大学工学部航空工学科4年生の時に、卒論を指導して戴いた先生である。難波先生の略歴を以下に記す。今年で崇城大学を退職され、関東の自宅に戻られた機会を捉えて、この会が開かれた。

1964年    東京大学博士課程終了(博士号取得)
1964-1968 東京大学助手(宇宙航空研究所)
1968-1979 九州大学助教授(工学部航空工学科)
1971-1973 ケンブリッジ大学客員研究員(英国王立協会招聘)
1979-1999 九州大学教授(工学部航空工学科)
1995年    ケンブリッジ大学客員教授
1999-2009 崇城大学教授(工学部宇宙航空システム工学科) 九州大学名誉教授

 今回の同門会には、1999年までの九州大学の教え子達60数名が集まった。

 私が九州大学で勉強した期間は、1970年4月~1974年3月である。私が教養学部から箱崎の工学部に進学した時(1971年10月)、先生は既にケンブリッジ大学に行かれた後であり、1973年に日本に戻られてから指導して戴いた。実は、先生が日本に戻られた時期を、正確には記憶していない。上記の先生の略歴は、あるサイトからコピーしたもの。

 先生から戴いた卒論のテーマは、超音速流の平板への衝突問題であった。実験では、当時助手の納富さんに大変お世話になった。実験ばかりでなく、近くの焼肉屋に同期の藤氏と一緒に何度も連れて行って戴いた。実験の後は、当時出始めたばかりの電卓のカシオ・ミニやシャープ LC メイトを使って、実験データの整理をした。理論解析では、航空教室の近くにあった大型計算機センターの FACOM230-60 を使って、衝突衝撃波の形状を計算した。

 卒業後も九州大学の大学院に進もうと考えていたが、先輩から東京大学の大学院に挑戦してみないかと誘われ、その気になった。まさか合格するとは思っていなかったが、折角受かったのだから東京へ行こうと気軽に考えて東京大学に進んだ。私は元来、出不精で引っ込み思案の性格であり、生活環境の変化を好まない性格である。今から思えば、良く決心したなと感じている。

 この同門会で先生にお会いしたのは、卒業以来の35年振りであった。先生は、35年前と変わらないピンと背筋の伸びた立ち姿であった。35年前に戻れた楽しいひと時であった。会を企画された方々に、感謝します。
by utashima | 2009-07-19 15:20 | イベント | Trackback | Comments(0)
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