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フリーフライヤーの軌道解析  1986年

 1986年頃、NASDAにおいても技術試験フリーフライヤー(ETFF)の検討が行なわれていた。H2ロケットで低軌道に打ち上げ、自力で高度500km辺りまで上昇した後、6ヶ月間の慣性飛行中に色々な実験を行なう。その後、スペース・シャトルに回収して貰うミッションである。このようなミッションの最初のものが、1992年に打ち上げられたヨーロッパのEURECAである。日本においては、SFUという同種の宇宙機が1995年にH2ロケットで打ち上げられ、1996年1月、スペースシャトルに搭乗した日本人宇宙飛行士、若田光一氏の操るマニピュレータによって回収された。SFUミッションが宇宙開発委員会で承認されたのが1986年なので、ETFFとSFUはほぼ同時期に検討されていた事になる。ETFFは実現しなかった。

 私は、ETFFの軌道解析を行なった。ETFFが打ち上げられる時には、回収してくれるスペース・シャトルの打上げ日時は決められている事になっていた。ETFFは6ヶ月間の慣性飛行の後、3ヶ月間の昇交点赤経の調整期間を経てシャトルに回収される。回収の3日前には、ETFFの昇交点赤経は、シャトル軌道の昇交点赤経と1度以内で一致している必要があった。そして、この3日間の間に、シャトルとの位相調整をしながらシャトルの高度まで降りて来る。

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 6ヶ月間の慣性飛行の間には、大気抵抗により高度が下がるが、変化するのは高度だけでなく、昇交点赤経の変化も大気抵抗の影響を受ける。私が検討したのは、6ヶ月間の昇交点赤経の変化がどの程度になるかという事と、最後の3日間のランデブ制御にどの程度のΔVを要するかという事であった。大気抵抗の解析には大気密度の情報が必要である。大気密度は、太陽活動により、桁違いの変動をする。このような問題を簡便に扱う時、私はD.G.King-Hele氏の論文に載っていた大気密度グラフをしばしば利用する。ここに掲げた図がそれである。この図を使った私の方法は、非常に簡単であるが、NASAの結果と良く一致している。この検討は、以下の資料にまとめた。
歌島, "技術試験フリーフライヤーの軌道解析(1) (第2版)," TK-M15104, 1986年.
 
by utashima | 2005-03-20 18:49 | 宇宙機の軌道設計/ 解析 | Trackback | Comments(0)


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